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4.5章【魚心あれば水心】

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 デスクに戻った桃枝は一先ず、貰った缶コーラをデスクの上に置いた。

 さて、どうしたものか。一缶飲み切れる自信はないが、かと言って捨てるわけにも当然いかない。
 ならば、腹を括って飲むか。善意の重みを痛感しつつ、桃枝はコーラに手を伸ばし──。


「──これ、間違って買っちゃいました。課長のコーラと交換してくれませんか?」


 別の缶が、桃枝の手に触れた。

 桃枝の手にあるのは、ブラックコーヒーだ。いったい、どういったマジックだろう。すぐに桃枝は顔を上げ、声の主を確認する。
 当然、確認しなくても分かっているのだが……。


「どうしましたか、課長? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや。……お前、エスパーかなにかか?」
「ボクは事務職員な平社員ですよ。エスパーじゃないです」


 昼休憩時間の事務所には、桃枝ともう一人──声をかけてきた山吹しかいない。
 山吹は桃枝の手に缶コーヒーを押し付け、空いた手でコーラを持ち上げた。


「交換しちゃっていいですか?」
「別にいいが……」
「では、いただきます」


 山吹が、コーラを取る。桃枝は、コーヒーを手に入れた。つまり、桃枝が望んだ通りの展開だ。
 しかしそこで、桃枝はハッとする。以前、山吹が『炭酸が飲めない』と言っていたことを思い出したからだ。


「なぁ、山吹。お前、確か炭酸苦手とか言ってたよな?」
「そんなこと言いましたっけ」
「言っただろ。俺の看病に来てくれた日に」
「あー、そうでしたっけ……」


 山吹の顔には、一瞬だけ『しまった』と書かれた。
 けれどすぐにその文字は消え、代わりに普段通りの笑みが貼り付く。


「でも、いいんです。今日はコーラの気分なので」


 同時に、桃枝は思い出してしまう。山吹は『炭酸が苦手』と言った翌朝、同じく『コーヒーは苦手』と言っていたことを。

 なにを自販機で買おうとしていたのかは分からないが、確実にコーラではなかっただろう。本人は『間違えた』と言っていたが、果たしてそれも事実かどうか。
 ブラックコーヒーなんて飲めないくせに、買った。コーラだって、飲めないくせに交換して……。


「いい、山吹。返せ」


 山吹がコーヒーを買ったのは、本当にただの事故かもしれない。
 それでも、やはりなにかが引っ掛かる。桃枝はコーヒーをデスクに置いた後、山吹に手を伸ばした。

 しかし、山吹の行動は速い。


「えいっ」
「あっ、おい!」
「もう開けちゃいました。……んっ。今、口も付けました。それでも欲しいですか?」
「お前なぁ……っ」


 素早くプルタブを引き、コーラの飲み口を開く。それからすぐに口を付けて、山吹は強引にコーラを自分の物とした。


「交換してくれてありがとうございました。それでは」
「あっ、オイ、山吹……!」


 いったい、用事はなんだったのか。山吹は缶を軽く振り、桃枝のデスクから立ち去ろうとする。

 ……が、その前に。


「──あっ、そうだ。つかぬことをお伺いしますが、課長はボクが作ったお弁当を『食べたいな』って思ってくれますか?」


 またしても、桃枝を翻弄するような言葉を口にした。




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