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3.5章【百里を行く者は九十を半ばとす】

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 山吹に、あらぬ誤解をされている。そうした危惧が、ようやく桃枝を突き動かしたらしい。


「……っ。山吹……ッ!」
「ひゃっ!」


 想定外なことに、桃枝は積極的で。山吹は突然、床に押し倒されてしまった。
 さすがに、ここまでの積極性は予想外。山吹は床に髪を踊らせつつ、桃枝を見上げた。


「かっ、課長……っ?」


 それでも、相手は桃枝だ。押し倒す勢いはなかなかのものだったが、山吹に痛い思いをさせたくなかったのだろう。山吹が床に勢いよく頭部や体をぶつけないよう、配慮はしていたのだから。


「今年の、抱負」
「はいっ? 今年の抱負、ですか? 課長の?」


 即座に、頷かれる。

 いったい、なんの真似だ。山吹は瞳をパチパチと瞬かせつつ、続く言葉を待った。
 どんな言葉が、降り注ぐのか。そこそこの覚悟をして、山吹は待っていたのだが……。


「──お前に対して、もう少し。……積極的に、なりたい」


 あまりにも桃枝らしい情けなさと、あまりにも桃枝らしからぬ大胆さ。そのギャップに、山吹は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。


「ぷっ、くふふっ。それって、今年の【抱負】じゃなくて【願望】じゃないですか?」


 今年一年を、全て山吹に捧げるつもりなのか。自分がどれだけ壮大な話をしているのか、きっと桃枝は分かっていないのだろう。

 依然として桃枝からの気持ちを完全には受け止められておらず、それでいて桃枝に対して同じ気持ちを送れてはいない山吹だが。……妙に、くすぐったい気持ちになってしまったから。


「それじゃあボクは、どんな抱負にしましょうかねぇ。……んっ」


 同じように、抱負を決めようとした矢先。【積極的な桃枝】から、今年初めてのキスをされた。

 唇はすぐに、離れてしまう。視界にいる桃枝の顔は、うっすらと赤くなっていた。


「……今は。これが限界、だ」
「課長の根性なし」
「そこまで言うか……」


 静かに、ショックを受けている。桃枝を見上げて思わず、山吹はクスッと笑ってしまう。


「ですが、課長にしては上出来ですよ。褒めてあげますね?」
「随分と上からな物言いだな」
「ボクの方が【そういう意味】ではレベルが高いので」


 ニコリと口角を上げて、山吹は可愛らしく挑発する。


「でも、キスは課長の分野ですので。もっとしてくれても、いいんですよ?」


 正直に言えば、キスだけでは物足りない。
 けれど、その先。そこまで進むと、桃枝が望む【主導権】を渡してはあげられないだろう。
 だからこそ今は、キスだけ。


「今年も好きだぞ、山吹」
「規模が大きいですよ? ……ん、っ」


 もう一度、キスが贈られる。今度は、舌が差し込まれた。
 だから山吹は、桃枝の舌を甘噛みする。予想外の反撃に驚いた桃枝はすぐに舌を引っ込めたが、そんな愚かしい反応も愉快で仕方ない。

 惜しかったですね、と。思わず山吹は、言いかけてしまう。
 残り少しのところでも気を引き締めないと、最後の最後で失敗をする。そんなこと、桃枝ならば分かりそうなことだが……。

 しかし、それでも。いっそ、だからこそ。


「今年もどうぞ、よろしくお願いいたします」


 山吹は今年もしばらくは、桃枝を手放そうとは思えなさそうだ。




3.5章【百里を行く者は九十を半ばとす】 了




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