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3章【雨に濡れる羊を、狼が哀れむ】

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 体は正直でも、桃枝の理性は強固なものだ。


「だが、俺は、お前を……っ」


 悪足搔きだと分かっているくせに、せめてと思っているのだろう。すいっと、桃枝は山吹から視線を外す。

 桃枝の気持ちを、山吹は知っていた。肉欲ばかりの男だと思われたくなく、それでいて桃枝は山吹が山吹自身を消耗品のように扱うことを許したくないのだ。

 ……だが。桃枝の気持ちを分かっているからと言って、引くわけがなくて。


「ほらほらっ、価値観のすり合わせをしましょうよぉ~っ? ボクにとってのクリスマスは【性なる夜】ですよぉ~っ? セクシーナイトですよぉ~っ」
「聖なる、夜? セクシー、ナイト。セク、シー……セクシー、ナイト……はっ!」


 ようやく、山吹の主張を理解したのだろう。桃枝の耳が、うっすらと赤くなる。
 あと、もう一押し。山吹は楽し気に口角を上げた後、再度、桃枝と距離を詰めた。


「じゃあ、課長が喜びそうなことをひとつ」


 そのままそっと、山吹は桃枝の耳朶に唇を寄せる。


「──この部屋でエッチなことをするのは、課長が初めてなんです」
「──ッ!」


 どうだ、と。思わず山吹は、ほくそ笑みそうになる。


「せっかくのクリスマスです。課長の理性なんか負けちゃえばいいじゃないですか。ほら、欲望に忠実な課長を見せてくださいよ? プライドを捨てて、ボクにかまってくれるんですよね? だからほら、ねっ? 課長の理性は今ここで、欲望に負けちゃってください?」


 残すは、追い打ち。山吹は桃枝の首筋に再度かぷっと、噛みつくようなキスをした。
 そのまま舌を這わせ、桃枝を誘惑する。そうすると桃枝の体がビクリと跳ねたのだから、山吹にとっては愉快でならなかった。

 次は、なにをしてやろうか。本来の目的からうっかり外れそうになった、その時。


「──いつまでもお前のペースに乗せられたままだと思うなよ」
「──んっ!」


 肩を、掴まれた。そのまま山吹は、桃枝からキスをされる。

 キスをされたのだと気付くと、ほぼ同時。桃枝の舌が、山吹の口腔に差し込まれる。
 奪うわけでも、ましてや責めるわけでもない。桃枝の舌遣いはどこまでも優しく、どこまでも甘かった。

 だからこそ当然、山吹は桃枝から顔を離すしかない。


「や、めて、ください。優しいキス、イヤです。……落ち着かなくて、怖いんです」
「『慣れたい』と思うか?」


 優しさに、慣れるなんて。即座に、山吹の顔色は悪くなる。


「……っ。……こわ、い、です」
「分かった。なら、今日はもうしねぇよ」
「ん、ッ」


 宣言通り、次に贈られたキスは噛みつくようなものだ。なにかを壊されるのではないかと不安になってしまうような。そんな、どことなく恐ろしいキスだ。

 咄嗟にキスの形を変えられた桃枝にも驚愕だが、指摘をする余裕はない。先ほどの優しいキスが、山吹の心を未だに乱したままだからだ。

 優しくされるよりも強引で、乱暴に。その方が、幾分もマシ。山吹にとっては、気が楽で──。
 ……頭の奥で、桃枝の声が再生される。

 ──『好き』ではなく『楽』と言ってしまったことを、指摘されたことが。


「は、っ。か、ちょう……っ」


 呼吸を乱されながら、山吹は不快な音を頭の中から振り払った。




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