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2章【知るは一滴に過ぎず、知らぬは大海の如し】

19 *

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 恋人をベッドに押さえ付けながら、犯す。
 理想はおろか希望していた内容も山吹は知らないが、少なくともこの体勢は桃枝の想定とは違うセックスだろう。


「本当に、こんなことをしないと感じないんだな」


 視線が、下半身に注がれている。完全に勃起した山吹の逸物を見て、桃枝は納得するしかなかったようだ。


「あっ、んっ。……面倒な、男でしょう? ボク、って」
「戸惑いはするが、性癖なんて人それぞれだろ」
「『性癖』ですか……っ?」


 上げられた山吹の口角が、強張る。


「──ボクのは【性癖】とか、そういうのじゃなくて……」


 ──そう、教え込まれたから、と。思わず山吹は、言いかける。

 だが、それは言わない。語れば確実に、この男は萎えるからだ。山吹はすぐに、普段通りの笑みを浮かべ直す。


「課長、もっと……っ」


 妖艶に、相手を求める。山吹は下半身をなんとか動かし、自らの後孔をわざと桃枝に押し付けた。


「山吹……ッ」
「んっ、ん! ……課長、もっと、ガツガツ突いてください……っ」
「無理してないか? 痛く、ないか?」
「むしろ、ボクとしては乱暴なくらいじゃないと物足りなくて──あっ、んッ! そう、そういう感じで……はっ、あ、ッ!」


 手首を掴む桃枝の手が、力を増す。おそらく、無意識だろう。

 鈍い痛みと、強引だと錯覚できなくもない激しい腰遣い。山吹からすると、なかなか高得点のセックスだ。


「はッ、あ、あッ! 課長、んッ、課長……ッ!」
「山吹……ッ」
「んッ、ふぁ、あっ、あぁッ!」


 ビクリ、と。山吹の体が、大きく跳ねる。


「んんッ、ん……ふ、ぁ、あ……っ」


 ギュッと、山吹は両足の指で、シーツに縋りつく。そうすると桃枝も、体を震わせた。


「凄い、な。ケツだけで、イッたのか?」
「ん、イッちゃいましたぁ……っ。課長の激しいピストン、凄く気持ち良かったです……っ」
「そっ、うか、よ……ッ」


 露骨すぎる動揺。すぐにつくものでもないが、こうも耐性がないと笑いも起きない。
 それでも山吹は笑みを浮かべて、至近距離にある桃枝の顔を見つめた。


「課長だって、ボクのお尻でイッたじゃないですか。ホラ、お揃いですっ」
「それは、まぁ。……良かった、からな」
「わぁ~っ、照れちゃいますぅ~っ」


 当然だろう。いったい何人の男を、この体で悦ばせたと思っているのだ。妙なプライドを掲げつつ、山吹は誇らしげに胸を張る。


「ボクの体、気に入ってくれましたか?」
「こんなことしなくたって、俺はお前自身を気に入ってるっつの」
「あっ。……ありがとう、ございます?」
「お前、俺がお前に惚れてるってこと、時々忘れてないか?」


 桃枝からの指摘に対し、山吹は誤魔化すように笑う。
 その笑みを見て「まぁ、別に今はいいけどな」と山吹を赦すのだから、桃枝は心底、山吹に惚れこんでいるのだろう。

 納得したわけでも、理解を示したわけでもない。……だが、受け入れるくらいはしないといけないのだろう。

 惚れた相手に酷いことをしたくない気持ちよりも、惚れた相手を悦ばせる方を選択した、この男のように……。




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