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2章【知るは一滴に過ぎず、知らぬは大海の如し】

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 想像通り、恋人が死んだ。主人公は失意の中、慟哭を上げている。

 スクリーンに映し出された悲劇の物語に、どこかからティッシュで鼻をかむ音が聞こえた。それと、嗚咽を漏らしている声もチラホラと。
 会場がシリアスムードに包まれている中、山吹はと言うと。……ボーッと、実に冷めた目で物語を眺めていた。

 どこかで、山吹は達観していたのかもしれない。これはあくまでも【物語】であり、実際の女優は死んでいない、と。

 それでも、悲劇であることには変わりない。そろそろ、涙のひとつでも流した方がいいか。……そう、山吹が思い始めた時だ。
 すんっ、と。鼻をすする音が、隣から。

 ──手で繋がれた、右隣。その方向から、涙ぐむような音が聞こえたのだ。


「……っ」


 チラリと、横を見る。すると、桃枝は……。

 ──泣いて、いた。あの桃枝が、感動の涙を流しているのだ。

 この男にも、そういった感情は残されていたのか。普段から部下にパワハラじみた発言をし、感情が【怒】くらいしかなさそうな、この男が。

 驚愕から視線を固定してしまいそうになったが、山吹はなんとかスクリーンに顔を向ける。凝視するということは即ち、山吹が泣いていないことをまざまざと見せつける行為になり得るということだ。

 なにを、泣く要素があったのか。山吹は頭の中で、上映中の映画がなぞったストーリーを反芻する。

 世界を救うか、恋人を救うか。……嘘みたいな選択肢だが、実際に主人公はその二択を迫られていたのだ。

 恋人を選べば、世界は滅ぶ。しかし世界を選べば、犠牲は恋人だけで済む。なんともフィクションらしい選択肢ではあるが、なんてことはない。どっちみち、恋人は死ぬのだ。ならば、選ぶべきは【世界】だろう。

 恋人だけを見殺せば、主人公は世界を救った英雄になれる。しかも敵は、数奇な運命とでも呼ぶべきか、主人公の家族を皆殺しにしたサイコパスな大悪党だ。敵討ちもできるのならば、ひとつの選択によってお釣りだってくる。

 考えられる悲劇を煮詰めて、皿に移し、綺麗に飾り付けをしたような。山吹からすると、この映画はそんな印象だ。泣く要素は、ない。

 しかし観衆は、泣いている。桃枝だって、泣いているのだ。愛する人と死別した主人公を見て、泣いていた。

 ──ならば、泣けない自分はなんなのだろう。

 そこまで考えてようやく山吹は、やるせなさから涙が出そうになった。


「……?」


 山吹はそっと、桃枝と繋いだ手の握力を強める。そうすると、隣で桃枝が怪訝そうに息を呑んだ気がした。
 だとしても、山吹は桃枝を見ない。続く物語をジッと見つめ、時々瞬きをするだけ。

 この際、わざと泣くのはやめよう。どう考えても、得策ではない。山吹は立てていた作戦をそっと捨てて、映画を見る。

 スクリーンでは、主人公が大悪党を倒すという盛大なフィナーレを迎えていた。相手の命を奪い、それが敵であろうと、涙をする。殺された悪党も、涙を流していた。
 この場で、涙を流していないのは自分だけ。……なんとも、後味の悪いストーリーだ。

 山吹は桃枝と繋いでいない方の手を動かし、飲み物を掴む。
 喉を伝う、清涼感。その感覚は山吹に、この状況が『現実ですよ』と訴えていた気がした。




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