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2章【知るは一滴に過ぎず、知らぬは大海の如し】

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 ハンバーガーを飲み込んだ後、山吹は呟く。


「課長って……ボクのこと、ちゃんと恋人として扱っているんですね」


 喧噪の中でも、山吹の呟きは届いたらしい。


「当たり前だろ」


 桃枝は紙のカップを手に持ち、そのままストローを使ってジュースを飲んだ。

 やはり、理解できない。桃枝がこうして優しい言葉や態度を向けてくる理由が、分からなかった。
 思わず、ハンバーガーを握り潰しそうになる。……寸でのところで、正気を取り戻したが。


「──この一週間、朝と夜に一往復するだけのメッセージくらいしか【それらしいこと】をしてこなかったくせに?」


 まるで、文句だ。山吹の口調は、まさしくその二文字。
 ハンバーガーをパクッと齧りつつ、山吹はどことなく恨みがましそうに桃枝を睨んだ。


「『寂しい思いはさせない』とか、結構本気のトーンで言っていませんでしたっけ?」


 いったい、なにを言わせたいのか。桃枝が山吹のことをどういった形で好いていようと、どうだっていいはずなのに。

 それでも、不服だった。好意を口にはするくせに、こうしたときじゃないと態度で示されないことが。

 まさか、都合のいい相手として弄ばれているのは山吹の方なのか。どの口がと言われる可能性も気にせず、山吹はジッと桃枝を眺めた。

 ここでひとつ、狼狽えてくれれば。山吹の疑心に対して露骨に『しまった』といった態度でも向けてくれれば、まだ胸も空く。

 しかし、桃枝の返答はと言うと……。


「──寂しかった、のか? 俺が、かまわなくて」


 しまった、そうきたか、と。そう思ったところで、遅い。……どんな物事であろうと、思った時点で既に遅いのだ。


「……そうか」


 最悪だ、と。後悔したところで、やはり遅い。
 今のは、そういう意味合いで言ったわけではない。今の発言は、そちらの告白に対する不誠実さを遠回しに責めてみただけ。揶揄い混じりの訴えだった。

 なにかが始まるような甘さもなければ、加速するような純情さもない。年下彼氏の可愛い甘えだとは、一ミリたりとも勘違いしてほしくなかった。

 ……そう、言ってしまえたら良かったのに。


「そうか」


 あまりにも満足そうに、桃枝が噛み締めるように何度も呟くから。


「これからは、もう少し気を付ける」


 紙のカップを握る力が、増したように見えたせいで。


「……」


 山吹は、なにも言えなくなってしまった。

 ふつふつと湧き上がるのは、苛立ちだ。照れ隠しによるものであればまだ可愛げもあっただろうが、これは飾り気のない純然たる怒りだった。

 なにが『気を付ける』だ。初めから全力ではないのなら、告白なんて黒歴史をわざわざ好き好んで山吹の目の前で刻まないでほしい。精神的な自傷行為をしたいのならば止めはしないが、そこに他人を巻き込むな。

 ……これではまるで、子供の八つ当たりだ。子供と違う部分と言えば、相手を罵る語彙と言う名のレパートリーの豊富さくらい。山吹の怒りは、あまりにも幼稚だった。

 まさか、優しくされたかったのか。ベッタベタに甘やかされ、毎日イチャイチャと身を寄せ合い、愛の言葉を三食同様に並べ立てられれば良かったのかと。『こうであれば自分の怒りが生まれなかっただろう』という方法を、山吹は考える。

 ……だが、どうだっていい。それすらも、ノープロブレムだ。


「それは、それは。……楽しみですねぇ~」


 ──なんとしてでも、この男の本性を暴く。

 この意志さえ強まったのならば、山吹はそれで良い気がした。




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