上 下
18 / 466
2章【知るは一滴に過ぎず、知らぬは大海の如し】

6

しおりを挟む



 目的地の美術館は【限定品の展示】と【休日】ということもあり、なかなかの盛況ぶり。


「絵画展か。……お前、こういうの詳しいのか?」
「見る専門なので、画家の半生とか絵の歴史とかは専門外ですよ」
「そうか」


 そもそも、興味もないが。冷めた言葉を、山吹は笑顔に隠す。

 常時飾られている展示物の他に、スペースを区切って展示されている有名な絵画。静かに観覧している人々の波に自ら吞まれつつ、二人は館内を歩き始めた。

 正直、どの絵がどう凄いのか。そういった美術的価値を、山吹は理解できていない。キャンバスに絵の具が塗りたくられ、それがなにかしらの絵になっているなぁ、と。その程度の感慨だ。

 だがおそらく、それは桃枝とて同じこと。胸が躍る派手な催しがないのならば、ただ黙って館内を歩くだけのイベントだ。散歩と大差ないだろう。

 ある客は、ひとつの絵をジッと眺めている。そしてまたある客は、なにを目的にしているのか早歩きで館内に並ぶ絵をただ視界に入れているだけ。

 なんとも、面白みのない場所だ。そうした理由でわざと選んだ場所ではあるが、歩いているだけで気分も盛り下がる。美術に興味がない山吹は、ゆったりとした足取りでボーッと展示物を眺めた。

 隣を歩く、強面の男。桃枝の表情も、決して明るいものではない。


「……どうです、課長?」
「絵だな」
「絵ですねぇ~」


 やはり、桃枝も絵画に興味がないらしい。山吹の目標を達成するためのデート場所としては、この上ないほどグッドなチョイスだ。さぞ、つまらない思いをしていることだろう。

 結局のところ、山吹は楽しくハッピーな人間関係を持続させることなどできないのだ。そもそも、しようとすらしていない。
 打算的に相手を試し、安堵や悦楽のためだけに嫌がらせをし、用済みになれば背を向ける。その程度の人間関係しか、山吹は構築しようとしていない。

 それでも、桃枝の告白を断らなかったのは。……ただの、興味本位だ。

 好きだの惚れただのと言うのならば、相応の愉悦を提供してくれるのか。桃枝への気持ちは、それだけ。……どこまでいっても、山吹は嫌な男なのだ。

 不意に、隣に並ぶ桃枝が口を開く。


「美術館なんて所には、学生の頃に授業で行ったくらいだな。プライベートで行ったことがねぇし、関心もなかった」


 まったくもって、同意見だ。山吹は内心で、桃枝に共感する。


「仰々しいタイトルが付いちゃいるが、意味は分かんねぇ。抽象的な絵とタイトルなら、なおさらだな」
「そうですね」


 まるで、人と同じ。思わず山吹は、冷たい眼差しを絵に向けてしまう。

 ……妙に、寒々しい気持ちだ。絵に対して感傷的になるようなタチではないが、これではまるで美術館が纏う空気に呑まれた気すらしてくる。山吹はすぐに、普段の自分らしい楽観的な発言をしようとして──。


「──だが、こうして来てみると……案外、楽しいもんだな」


 慌てて、顔を上げてしまった。……隣に立つ、男の笑顔を見上げるために。


「気付かせてくれて、ありがとな」


 ……違う。

 そんなことを言わせるために、そんな顔をさせるために、この場所を選んだわけではない。
 山吹はただ桃枝の内面を、策略を持って暴こうとしただけで……。

 ……しかし。


「お気に召したようでなによりですっ」


 笑うしか、できない。今ここで、笑う以外の選択肢はないのだ。

 ……笑みでも浮かべていないと、まるで敗北者に成り下がるようで。山吹は必死に、笑うしかなかった。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

処理中です...