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2章【知るは一滴に過ぎず、知らぬは大海の如し】
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しおりを挟む目的地の美術館は【限定品の展示】と【休日】ということもあり、なかなかの盛況ぶり。
「絵画展か。……お前、こういうの詳しいのか?」
「見る専門なので、画家の半生とか絵の歴史とかは専門外ですよ」
「そうか」
そもそも、興味もないが。冷めた言葉を、山吹は笑顔に隠す。
常時飾られている展示物の他に、スペースを区切って展示されている有名な絵画。静かに観覧している人々の波に自ら吞まれつつ、二人は館内を歩き始めた。
正直、どの絵がどう凄いのか。そういった美術的価値を、山吹は理解できていない。キャンバスに絵の具が塗りたくられ、それがなにかしらの絵になっているなぁ、と。その程度の感慨だ。
だがおそらく、それは桃枝とて同じこと。胸が躍る派手な催しがないのならば、ただ黙って館内を歩くだけのイベントだ。散歩と大差ないだろう。
ある客は、ひとつの絵をジッと眺めている。そしてまたある客は、なにを目的にしているのか早歩きで館内に並ぶ絵をただ視界に入れているだけ。
なんとも、面白みのない場所だ。そうした理由でわざと選んだ場所ではあるが、歩いているだけで気分も盛り下がる。美術に興味がない山吹は、ゆったりとした足取りでボーッと展示物を眺めた。
隣を歩く、強面の男。桃枝の表情も、決して明るいものではない。
「……どうです、課長?」
「絵だな」
「絵ですねぇ~」
やはり、桃枝も絵画に興味がないらしい。山吹の目標を達成するためのデート場所としては、この上ないほどグッドなチョイスだ。さぞ、つまらない思いをしていることだろう。
結局のところ、山吹は楽しくハッピーな人間関係を持続させることなどできないのだ。そもそも、しようとすらしていない。
打算的に相手を試し、安堵や悦楽のためだけに嫌がらせをし、用済みになれば背を向ける。その程度の人間関係しか、山吹は構築しようとしていない。
それでも、桃枝の告白を断らなかったのは。……ただの、興味本位だ。
好きだの惚れただのと言うのならば、相応の愉悦を提供してくれるのか。桃枝への気持ちは、それだけ。……どこまでいっても、山吹は嫌な男なのだ。
不意に、隣に並ぶ桃枝が口を開く。
「美術館なんて所には、学生の頃に授業で行ったくらいだな。プライベートで行ったことがねぇし、関心もなかった」
まったくもって、同意見だ。山吹は内心で、桃枝に共感する。
「仰々しいタイトルが付いちゃいるが、意味は分かんねぇ。抽象的な絵とタイトルなら、なおさらだな」
「そうですね」
まるで、人と同じ。思わず山吹は、冷たい眼差しを絵に向けてしまう。
……妙に、寒々しい気持ちだ。絵に対して感傷的になるようなタチではないが、これではまるで美術館が纏う空気に呑まれた気すらしてくる。山吹はすぐに、普段の自分らしい楽観的な発言をしようとして──。
「──だが、こうして来てみると……案外、楽しいもんだな」
慌てて、顔を上げてしまった。……隣に立つ、男の笑顔を見上げるために。
「気付かせてくれて、ありがとな」
……違う。
そんなことを言わせるために、そんな顔をさせるために、この場所を選んだわけではない。
山吹はただ桃枝の内面を、策略を持って暴こうとしただけで……。
……しかし。
「お気に召したようでなによりですっ」
笑うしか、できない。今ここで、笑う以外の選択肢はないのだ。
……笑みでも浮かべていないと、まるで敗北者に成り下がるようで。山吹は必死に、笑うしかなかった。
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