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2章【知るは一滴に過ぎず、知らぬは大海の如し】

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 そして迎えた、土曜日。天気は、快晴。
 秋の風が頬に冷たい中、山吹は信号を待ちながらついついとスマホを操作していた。


『あと三分くらいでコンビニの前に着きます』


 待ち合わせ場所は、山吹が暮らすアパートから徒歩圏内にあるコンビニだ。そこから桃枝が運転する車に乗り、山吹が立てたプラン通りに出発。なんとも、健全なデートだ。

 実際のところ、山吹はデートなんてものをしたことがない。仲の良い友人はおらず、関係性に【フレンド】が付く相手と行く場所は、運動前の腹ごしらえかラブホテルくらいのものだ。

 そんな山吹が、それらしい顔と言葉を巧みに遣って考えたデートプラン。桃枝には『慣れているな』と思わせただろうと確信を持てるくらい、完璧な精神的エスコートだ。

 山吹はスマホをポケットにしまい込み、信号が青になったことを確認してから、横断歩道を渡った。

 ……ちなみに今の山吹は実にのんびりとした足取りで歩いているが、約束の時間を五分ほどオーバー中。着く頃には、十分近くの遅刻となる。
 だが、それでいい。山吹は【わざと】遅刻したのだ。

 ──今日の目的は、第一に【主導権の確保】を掲げている。

 桃枝からの告白に、山吹はまんまと動揺してしまった。そんな人間らしい感情、山吹には不要なのだ。欲しくもなかった。

 ゆえに、先ずは立場をハッキリさせる。なにをするにも優位なのは【山吹】だと思わせ、桃枝の思考や言動全てを掌握。そうして自身の心にさざ波が起きないよう、山吹の平穏を確約させたいのだ。

 第二の、目標。これは、実験のように結果がほしいだけ。

 ──桃枝が山吹に、なにを期待しているのか。

 ──そもそも桃枝白菊という男がどういった人間なのかを、ハッキリと理解する。……それが、今回のデートの第二目標だ。

 山吹は【桃枝専用翻訳機】と呼ばれるほど、桃枝の言いたいことを理解できている。……だが、人間性を完全に把握したわけではない。
 桃枝の交友関係や、恋愛観。果ては性癖や思想などを理解していないのでは、話にならない。だからこそ、山吹は今日のデートで桃枝の中身を丸裸にしたいのだ。

 普段の粗悪な言動を考えるに、時間に対しては厳格なはず。就業時間に出社が間に合わなければ、おそらく会議室で数分の説教を始めるタイプだろう。
 だが、プライベート──恋人を相手にすれば、どうなのか。叱るか、手が出るか、それ以上のなにかか……。山吹はデートを開始する前から、桃枝の観察を始めていた。


「えっと? 課長のお車は、っと……」


 コンビニの駐車場に辿り着き、山吹は桃枝の車を探す。前日のうちに、会社の駐車場で実物を確認したのだ。探せばすぐに分かるだろう。


「あった! ……よし、運転席に課長の姿もあるぞ」


 山吹はトコトコと駆け足気味に歩きつつ、運転席の窓をコンコンと叩いた。
 運転席に座っていた桃枝は、すぐに顔を上げる。……手には、スマホが握られていた。

 桃枝はすぐに、助手席に移動するようジェスチャーを送り始める。鍵は開いているようだ。


「課長、こんにちはっ。お待たせしてしまい、申し訳ありませんっ」
「あぁ、お疲れ」


 運転席に乗り込み、山吹はニコリと笑みを向ける。……が、桃枝からの反応は実に素っ気なかった。
 これは、もしかすると腹を立てているのか。山吹は内心でワクワクしながら、桃枝を見つめた。




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