5 / 466
1章【好奇心は猫をも殺す】
3
しおりを挟むなんの面白味もない、ありきたりな居酒屋。
ソフトドリンクが二人分並ぶテーブルを囲いながら、山吹の対面に座る男が口を開いた。
『──お前、なんで俺を飲みになんか誘ったんだよ』
視線は、メニュー表へ。男──桃枝は仏頂面のまま、山吹にそう訊ねた。
『ボクが課長と飲みたかったからですけど?』
対する山吹は、ニコリと笑みを浮かべている。……タチが悪いことに、これは愛想笑いではなく素なのだ。山吹はいつも、どこか楽しそうな顔をしていた。
メニュー表を眺めたまま、桃枝は口角を上げる。
『ハッ、笑える。どうせ上司の金でタダメシが食いたいだけだろ』
『お勘定、ボクが支払いましょうか?』
『冗談の通じねぇ奴』
『冗談なんてガラでもないくせに』
『あ? なんか言ったか』
『いいえ、なにも』
クルッと、桃枝はメニュー表を裏返す。その様子を眺めたまま、今度は山吹から話題を振る。
『むしろ、ボクは驚きました。お誘いしても拒否されるか、もしくは凄くイヤがられると思ったので』
ここに着く、少し前。山吹の誘いに対して、桃枝の返事はひとつ。……『どこがいい?』の、それだけだ。
驚いたような顔はしていたが、返事はそれ。悪態を吐かれるか、もしくは不快感を露わにされると思っていただけに、拍子抜けだ。
メニュー表の裏面を眺めたまま、桃枝はサラリと答える。
『断る理由もなかったし、嫌がる理由もねぇだろ。ただの居酒屋に、同じ課の──部下と行く。それだけなのに、なんで俺がお前に対してそんな嫌な態度を取ると思ったんだよ』
『飲み会とか、嫌いなのかなって』
『確かに、自分から誘ったことはねぇな』
もう一度、メニュー表がひっくり返された。
『俺が誘ったら、嫌がるだろ。お前だけじゃなくて、課内の奴、全員』
返ってきた言葉は、どことなく覇気がない。
『……ふぅ~ん?』
山吹は桃枝を眺めて、返事とひとつ。
……それから、すぐに。
『お言葉ですが、課長。ひとつ、よろしいですか?』
『なんだよ?』
許可を受けた山吹は、ずいっと身を乗り出す。
『──人と話すときに相手の顔を見ないのは、なにか理由でも?』
桃枝から、メニュー表を取り上げるために。
山吹はメニュー表をヒョイッと持ち上げると、そのまま自分が座る座布団の隣に置いた。
『ボクとの面談でもそうでしたし、書類のダメ出しをする時もそう。極め付きに、今だってそうです。課長はいつも、相手の顔を見ませんよね』
『そ、れは』
『どうして視線を外すんですか? 今、課長は【ボク】と話しているのに』
鋭い、指摘。かつて桃枝に対してここまで真っ直ぐと意見をぶつけた者が、果たしていたのだろうか。
桃枝は手元を離れたメニュー表を目で追い、その後、それを奪った手を見た。
そして、次に……。
『──緊張、するだろ。……相手も、俺も』
桃枝は、テーブルを見た。
なんとも、情けない理由。威圧的な言葉を投げる方がよっぽど相手の態度を硬化させると、なぜ気付かないのか。
ただ一度、顔を見て。たった一言、気の利いた言葉を投げるだけで。……そうした手法を、山吹はよく理解していた。
だが正面に座る男は、そこに気付いていない。人を動かし、導く立場だというのに、だ。
これを、本来ならば呆れるなり、叱責なりをすべきなのだろう。若しくはこのまま話題を転換し、スルーをするのも可。
……しかし、山吹はと言うと。
『──じゃあ、練習しましょうか』
あえて、優しく接するという選択をした。
……自分が最も嫌悪する【優しさ】を、あえて。
20
お気に入りに追加
81
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる