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1章【好奇心は猫をも殺す】

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 山吹が桃枝と初めて言葉を交わしたのは、春のこと。

 今年の、五月。山吹は桃枝が課長を務める管理課へと異動になった。
 入社して、一年目。十九歳になったばかりの山吹は会議室の椅子にチョコンと座りながら、テーブルを挟んで正面に座る桃枝を眺める。

 まるで、圧迫面接でもされているようだ。山吹が抱いた桃枝に対する第一印象は、どちらと問われずともマイナス側。


『知っていると思うが、俺は管理課の課長を務めている桃枝だ』
『はい、ご存知です。ボクは本日付けでこちらの課に異動となった、山吹緋花と申します』
『知ってる。……で、本題だ。俺は一応、人事異動で新しく部下になった奴とは一度、十数分程度の面談をするんだが……』
『そうみたいですね。よろしくお願いします』

『──先ず、そのふざけた髪はなんだ』


 そして第一印象がマイナスなのは、お互い様だったということも露見した。

 面談用としては、簡易的な一枚の紙。白紙のそれにボールペンの先を何度もぶつけつつ、桃枝は山吹の頭を睨んだ。

 指摘通り、山吹の髪はハデだ。普通、事務職の男ならば髪色を明るくなんかしない。周りにそんな男がいないからだ。
 やや黄色がかった茶髪を、男にしては些か長く伸ばしている。しかも、後れ毛だけ。黒髪をビシッと固めている桃枝からすると、不可解の象徴だろう。

 鋭く睨まれながらも、山吹の内心は穏やかなものだった。余裕ついでに、笑みまで浮かべるほどに。


『内勤なので、別にいいかなぁ~って。……規定に書いてありましたっけ? 髪を染めるなって』
『別に書いてはいないな。……だが、染めろとも書いていない。なんで染めた』
『気分ですね』


 淡々と答える山吹に、悪気はない。それがなおさら、桃枝としては不快なのだろう。桃枝はすぐに、視線を紙に落とした。


『確かに、規定に髪の染色については書いていない。だが、お前がそんなふざけた頭にしたのなら、周りがお前に向ける目も相応のものに変わる。……それを覚悟の上で、お前はその頭にしたんだな』
『えぇ、モチロン』


 実際に今、目の前に座る男の目がそれだ。まるで厄介な相手と対峙しているかのように、不愉快さが全面に押し出されている。

 ……だが、それでいい。山吹は笑顔のまま、サラリと答えた。


『──ボク、他人から酷くされる方が好きなんですよ。優しくされるのが、大嫌いなんです』


 カッ、と。ボールペンの先が紙をつつき、動きを止める。


『……意味が分かんねぇ』
『そうですか?』
『分かりたくもねぇ、が、本音だ。……どうでもいいが、お前の変な性癖を仕事に持ち込むな』
『酷いですね、課長? 性癖じゃなくて生き様って言ってくださいよ』
『そんなに高尚なものじゃねぇだろ。少なくとも、俺には理解できねぇ』
『じゃあ、これから理解してください』


 山吹は手を伸ばし、桃枝の手を掴む。……厳密に言うと、ボールペンを掴んだ。


『厳しくしてくださいね、課長? 悪辣に、辛辣にボクを虐めてください。そして上司らしく、ボクをあなた好みの部下に調教してくださいよ。……ねっ、課長?』


 カリカリと、今度は明確な目的を持ってボールペンが動く。

 ──山吹、要教育。

 山吹自身の手によって書かれた文字を読み、桃枝は……。


『また面倒な奴が異動してきたな……』


 盛大なため息を吐くのであった。




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