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6章【無自覚リリーフ】

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 遺影が、飾ってある。

 穏やかな笑みを浮かべた、青年の遺影が。

 どことなく、冬総と面影が似ているその人は……もう、なにも語らない。


「フユフサはね、焼き魚が好き」


 葬式以来、初めての対面。

 遺影を見入ってしまっていた冬総の耳に、秋在の声が届く。


「だけど料理がヘタ。凄くヘタ。信じられないほどヘタ。しかもカッコつけ。女の子によく囲まれてる。成績は中の下か下の上。大事なことを話してくれないことがあるから、社会人になったら上司とか同僚に報連相で注意されると思う」


 ――もしかして、貶されてるのか?

 そう思い、冬総は秋在を見る。

 けれど、その目は。


「――でも、いい息子だと思う」


 ふざけている様子なんて、微塵も無い。

 ――真っ直ぐなものだった。

 秋在が、言葉を区切ると同時に。


「――あ、ぁあ……っ!」


 声がした方を、冬総は慌てて振り返る。

 そこには……ペタリと座り込んだ、母親の姿があった。

 顔面蒼白になり、言葉にならない声を上げて、ただただ、震えている。

 それでも、秋在は止まらなかった。


「後ろにいる女の人は、変。凄く変。信じられないほど変。フユフサと貴方を混同させてる。ボクと秋有は似ていても、別人。だからフユフサと貴方が似ていても、別人。それなのに、あの人からすると同じに見えるんだって」
「やめ――」


 現実を、秋在は容赦なく突きつける。

 母親は耳を塞ごうと、腕を上げた。

 だが、その手は……耳を、塞がない。

 ――塞げなかった。


「――今まで、寂しかったよね」


 秋在の言葉に。

 驚いて、しまったのだから。


「ずっと、閉じ込められてたんだよね。怖かったよね、寂しかったよね。……家族の顔、見たかったよね?」
「……なにを、言って……ッ」
「でも、もう寂しくないよ」


 秋在は、後ろを振り返らずに。

 ――冬総の母親を、指で指し示した。


「――これからは、フユフサもあの女の人も……いっぱい、お話に来てくれるからね」


 母親が、動きを止める。

 同じように……冬総も、動きを止めた。


「あの女の人……ご飯、いつも用意してくれてたんだよ。今日は、貴方の好きなお刺身だって言ってた。……嬉しい? 良かったね」


 まるで、本当に会話をしているかのように。

 秋在は饒舌に、遺影へ向かって語りかける。


「ボクたちも、今から食べるんだ。……あっ、白米しか持って来てなかった。オカズ、今から取ってくるね。待っててね」


 そこまで言って、ようやく。


「……ボクの、準備できた?」


 秋在は、冬総の母親を振り返った。


(マイペースって、レベルじゃないぞ……ッ)


 夏形家の、暗く深い……絡まり、拗れた部分。

 そこを秋在は、遠慮容赦なく踏み荒らした。

 グチャグチャに引っ掻き回したくせに、なにも悪びれていない。

 それは、当然だった。


「……ありがとう、秋在……ッ」


 ――大切な恋人が、望んだことなのだから。

 罪悪感を抱く必要なんて、どこにもないのだ。


「お腹空いたね、フユフサ」


 至って平常運転の秋在が、そう呟く。

 その表情は……まるで、抱えていた文句を一気に吐き出してスッキリしたかのように、爽やかなものだった。




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