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7章【親友の弟がよそよそしかった理由は、】

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 冬人の頭に置いていた手を、顔を撫でるように動かす。
 そのまま、冬人の頬に添えてみた。


「平兵衛、さん?」
「冬人」


 頬に手を添えて、冬人に顔を近付ける。
 その意味に冬人が気付いたのか、最初は不思議そうな顔をしていたのに……。


「あっ。……えっ?」


 突然、ピクッと跳ねた。
 冬人は困惑したような声を漏らし、視線を彷徨わせる。


「え、っと。平兵衛さん、これは……っ」
「なんだと思う?」
「なにって、それは……っ」


 親指で冬人の目元を撫でると、冬人は驚いたように目を震わせた。
 だが、すぐに……。


「てっ、手早く、頼む……っ」


 そう言い、力強く目を閉じた。


「なんだそれ、可愛いなぁ」


 意味が本当に分かっているのか、それともヤッパリ分かっていないのか。素直に、それでいて力強く目を閉じる冬人が、どうしたって可愛く見える。

 ──好きな人のこんな顔を見たら、誰だって……。


「──火乃宮ァアアッ! テメェッ、どこ逃げやがったァアッ!」


 即座に、俺と冬人は距離を取る。効果音を付けるのなら『バッ!』というくらい、瞬時にだ。
 マネージャーが咆哮のような怒鳴り声を上げて、俺を探しまわっているらしい。マネージャーの声が聞こえて、俺と冬人はお互いにお互いから距離を取った。

 心の中で、このタイミングに文句と称賛の声を上げる。お預けをくらったような残念すぎる気持ちもモチロンあるが、場所も場所だ。……そもそも、やはりこういったことはムリヤリするべきことじゃないしな。

 俺はいろいろな気持ちを込めて、自分の頭を乱暴に掻いた。

 そもそも、だ。マネージャーがあんなに鬼気迫る勢いで俺を探しているのは、純粋に俺が逃げたのが悪い。


「あ~……。説教、受けてくるわ」
「待ってほしい。……お詫びがまだ、決まっていない」
「お詫び、お詫びなぁ……」


 正直、キスどころかそれ以上のことをしていただきたいところではある。だがさすがにそんなことは頼めないし、頼んでいい関係でもない。そんなことは、俺が一番分かっている。

 そもそも【お詫び】という気持ちにつけこんでそんなことをしたら、それこそレイプの二の舞だ。

 ……マネージャーには、感謝しかないかもしれない。おかげで、キスは未遂で済んだ。


「じゃあ……今度休みが合った日にマンションの周り案内をしてやるから、できる限り覚えてくれ」


 立ち上がって、冬人に背中を向ける。
 当然、冬人は不可解そうな反応を示す。


「なにを言っている? そんなものは、お詫びにならない」
「なら、言い方を変える。……今度の休み、俺とデートして」


 ……せめて、これくらいならさせてくれ。

 その日に、ウソを『ウソだった』とちゃんと告白しよう。そして、玉砕覚悟で……改めて、自分の正直な気持ちを告白する。

 ──それで、ケジメをつけよう。

 頭の中で、お互いに予定を書き込んでいるカレンダーを思い出す。


「確か来週なら、お互いに休みだったよな」
「確かに、そうだが。……だが、やはり私は──」
「じゃあ、来週のお前さんを俺が予約したってことで」


 冬人の返事も待たず、手をヒラヒラと振って歩き出した。


「予定、絶対空けとけよ」


 俺が去った後……。
 しゃがみ込んでいた冬人が、ペタリと尻もちをついた。


「──『デート』と、言ったのか……っ?」


 そう呟いた時、冬人がどんな顔をしていたのかを……俺は、知らない。
 なぜなら……。


「──火乃宮ァア……ッ!」


 目の前に立っている悪鬼顔負けのマネージャーに、ある意味釘付けであったからだ。





7章【親友の弟がよそよそしかった理由は、】 了




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