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4章【親友の弟の目的は、】

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 帰ってきて早々、大声を出した。
 そして、買い物袋を落すことで大きな音を立てたのだ。
 騒がしさしかない俺を、冬人が訝しむような目で見ているのは当然だろう。

 しかしよく見ると、冬人の着ている服に見覚えがある。

 ──冬樹が着ていた服、だ。

 冬樹の私物を処分しないと言っていたが、着られる服は着ることにしたらしい。
 そして未だに、冬人の前髪はやはりと言うかなんと言うか……冬樹と同じ左分け。

 ……こう見ると、まるで本物の冬樹が立っているようだ。


「大掃除、と言うほどではないが」


 難しい顔をしたまま、冬樹によく似た冬人が答える。訝しむような目で、俺を見つめたまま。


「いや、十分凄いだろ! 辺り一面ピッカピカだぞ!」
「そう、だろうか。掃除をしてから数日経ったから、さすがに私はもう見慣れた」


 キッチンの様子を見るに、冬人は今から料理でもしようとしていたのだろう。冬人の手には、まな板があった。
 野菜も並んでいるし、食材から推察するに……どうやら、今日はシチューのようだ。

 ──ン?

 ──月島家の、シチュー?


『てへぺろっ!』


 ──刹那。


「──冬人ッ! ちょっと待ったッ!」


 体が、勝手に動いた。

 冬人が【シチューを作ろうとしている】と気付くと同時に、俺は【あの出来事】を思い出したのだ。
 俺の中で【料理が下手】という概念をぶち壊した、最悪の事件。

 ──月島冬樹が作ろうとしたシチューだ。

 俺は急いで、まな板を冬人から奪い取る。
 さすがに驚いたのか、冬人がビクリと体を震わせた。それからすぐに、瞳を数回瞬かせて、俺を見上げる。

 冬人の表情が変わったことにほんの少し喜びもしたが、それどころではない。


「いいか、冬人! 月島家がシチューを炙るってのは、冬樹から聞いてる。……だけどな! まな板は、真っ二つにするな! それは異常だ!」


 鉈を持ち出して、まな板を真っ二つ。その後、ガスバーナーとオリーブオイルを持って笑っていたのは、冬人の兄である冬樹だ。

 俺の中に【料理】という概念の悪魔が降臨した日のことは、一生忘れない。
 目の前にいるのは、そんな悪魔の血を受け継ぐ冬人だ。
 悪魔が今、目の前で再臨するかもしれない。トラウマじみた恐怖に、俺は必死になって冬人を説得し始める。あんな悲劇は、繰り返してはいけないんだ!

 だが……。


「兄の料理、見たのか」


 俺と正反対に、冬人は冷静だった。

 少しの間だけ目を丸くしていたが、僅か数秒だけ。やがて、俺が見慣れてしまったいつもの不愛想な冬人に戻る。
 ポツリと呟いた後、冬人は冷蔵庫に向かった。

 俺の制止を無視して、肉でも出そうとしているのか。……なんて思ったが、冬人が取り出したのは肉じゃない。ラップのかけてある皿だ。
 皿の上には、唐揚げのように見える物が置いてある。


「兄は料理が破壊的に下手だが、私は違う」


 あえて【壊滅的】ではなく【破壊的】という言い回し。……どうやら冬人も、冬樹の料理の腕を知っているようだ。

 自分はそうではないと否定し、まるで『証拠だ』とでも言いたげに用意された皿。
 これらの言動の意味を察するに、つまり……?


「──それ、冬人が作った、のか?」


 訊くと、冬人はなんてことないように、コクリと頷いた。 




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