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3章【親友の弟と同居を始めて、】

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 自分のダメさ加減に嫌気が差す中。
 俺の葛藤を当然知らない冬人君は、声をかけてくれた。


「この部屋は、私が使っていいのですか」
「おう、モチロンだ。好きに使ってやってくれ」


 冬樹のだった部屋に入り、クローゼットを開ける。


「冬樹の私物をどうするかは、冬人君が決めてくれ。捨ててもいいし、そのまま使ってもいい。俺はなにも口出ししな──」
「そのまま使う」


 俺の言葉に被せるよう、冬人君が声を発した。
 すぐに、冬人君は俺に近寄る。そして、俺が開けたばかりのクローゼットを、冬人君は閉めた。


「下着とかは、さすがに捨てる。でも、それ以外の物はそのまま使うつもり、です」


 そう言い、冬人君は俺を見上げる。


「それと、火乃宮さんにお願いがあります」


 ……改まって『お願い』だって? 今後の生活に対すること、だろうか。


「改まって、どうした?」


 純粋な疑問を、冬人君にぶつける。
 そうすると、予想外の答えが返ってきた。


「──私のことも、兄の名前を呼ぶのと同じように、呼び捨てでいい。……いい、ですから」


 ──肩透かし。

 その一言に尽きる【お願い】だ。


「おっ、おう、そうか?」
「兄を呼び捨てにしていたのなら、私もそうしてほしい。そう、されたいです」


 ──そういうものなのか?

 冬人君は相変わらず不愛想な表情だが、真剣だ。
 もしかしたら、兄貴のことは呼び捨てで自分だけ『君』を付けられていると、疎外感でもあるのだろうか。……冬人君はそういうの、気にしなさそうに見えたんだけどな。

 イマイチ理由になっていないような気もするが、俺は冬人君の【お願い】に頷く。


「分かった。じゃあ、俺のことも下の名前で呼んでいいぞ。一緒に暮らすのに他人行儀だと、こっちもちょっと落ち着かない」
「兄は、火乃宮さんのことをなんて」
「冬樹か?」


 冬樹が俺をどう呼んでいたかが知りたいのか? ……なんでいちいち、そんなことにこだわるんだ?

 ──【こだわり】って言うよりも、どことなく【固執】に近い気がするし。

 と、勿論思わなくもなかったが……訊かれたからには、答えよう。実際問題、特段隠すようなことでもないしな。


「二人のときは『平兵衛』って呼んでたぞ」
「呼び捨て、か」


 冬人く──冬人はさらに、眉間のシワを深く刻んだ。
 それから少し、悩んだような素振りをする。

 ──兄貴が同居人をどう呼んでいたかって、そんなに重要なことなのかねぇ?

 悩んでいる様子の冬人を見ながら、思わずそんな疑問を抱く。
 きっと、冬人にとったら相当重要なことなんだろう。……俺には、ちっとも分からねぇが。

 しばらく悩んだ後に、冬人はもう一度俺を見上げた。


「平兵衛さん、と、呼ぶ。もう少し慣れたら、ゆくゆくは呼び捨てにしたい。……と、思って、います」


 タメ口と敬語が入り混じった言葉で、冬人はそう言う。

 それからまた、冬人は視線を、冬樹のだった部屋に戻した。
 そんな冬人を見て、いつか冬樹に伝えた言葉を言う。


「仕事のときじゃなかったら、別にいいぞ。呼び捨てでも、タメ口でも」


 冬人は驚いたように、俺へ視線を戻した。
 まるでソワソワしているような様子の冬人が、なんだか面白い。
 思わずまた吹き出してしまいそうになるが、なんとか堪える。

 ……まだ、謎な部分は多い。だけど、思っていたよりも……冬人はなんか、面白いな。
 吹き出す代わりに、ニカッと笑みを向ける。


「冬樹もそうしてたからな。冬人もいいぞ」


 冬人はまだ驚いた顔をしていたが、すぐにコクンと縦に頷いた。


「……分かった。教えてくれて感謝する、平兵衛さん」


 それだけ言い、冬人はニコリとも笑わないまま、小さく頭を下げる。

 そしてまた、冬人は冬樹の私物を物色し始めた。 




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