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3章【親友の弟と同居を始めて、】
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しおりを挟むマンションに着くまで、冬人君とは会話をした。
……の、だが。どうにも、うまく話せなかった。
──肝心の、事務所に所属しようとした理由も。
──冬樹の代役を引き受けた理由すらも、訊けなかった。
だがそれ以前に、言葉のキャッチボールが十分にできなかったのだ。
俺がなにか、話題を振ってみても……。
『はい』
『だと、思います』
『えぇ』
としか返ってこないのだから、どうにもできない。
本物のキャッチボールで例えるなら、キャッチしやすいボールを投げてもグローブで弾かれているような。……まぁ、そんな手応えだ。
もしくは、キャッチされた後にそっと足元へボールを落とされたような感じだな。
……果たして、これは【言葉のキャッチボール】と言っていいのか?
思わず、頭の中で亡き冬樹へ声をかける。
──なぁ、冬樹よぉ。
──ヤッパリこの同居、早計だったと思うか?
冬人君を連れながら、俺たちは無事、マンションに辿り着いた。
カギを開けつつ、返事なんか返ってこないのに、ついつい冬樹に話しかけている現状。……そうしてしまうくらいには、自分の出した答えに自信がなかった。
──冬人君は、ヤッパリ俺が苦手なんじゃないか? ……とか。
──そこまで仲良くない奴と同居って、お互いにいいことがない気がしてきたぞ? ……とか。そんなことばかりを考えてしまう。
しかし、冬樹の弟君が相手だ。悪い奴だとは、思いたくない。
だが俺は、どんどん不安になっている。
このまま、気まずい関係性が続いたと仮定しよう。
自分の部屋なのに、ストレスなんか感じたくないだろう? 家くらい、心休まる場所であってほしいもんだろ、普通。
しかし、この状況を許諾したのは俺自身。文句は言わない。
──ならばむしろ、可能な限り自分の力で関係性を好転させてみせようじゃねぇの。
カギを開けて、冬人君を中に招く。
「ここが、冬樹と一緒に住んでいた部屋だ。そんなに広くねぇけどな」
「お邪魔します」
──おっ、やっと会話っぽい会話が成立した。
さっきまでのコミュニケーションが少なすぎたと言うか、不発すぎたせいだろう。この程度の会話でも、変な感慨に耽ってしまいそうだ。
……イヤ、違う。思い返してみろ。
そもそも、郵便局に向かう前。事務所を出てすぐの時には、会話が成立したんだ。
──つまり、俺が投げた言葉のボールが、冬人君にとって取りづらかっただけか?
……冬樹、スマン。さっきまでの会話の不発っぷりは、俺の責任かもしれん。とにかく、まぁ、俺が頑張れば大丈夫だろう。
俺の葛藤にも気付かず、冬人君は部屋を眺めている。
内装は、そんなに変わったものではない。
シンプルなクリーム色の壁に、茶色のフローリング。
入って通路を挟んですぐ目の前にトイレがあって、通路を進むと扉がふたつ。片方の扉は、洗濯機が置いてある洗面所兼、脱衣所。そして、風呂場がある。もう片方の扉を通ると、リビングとキッチン。
リビングの中にはふたつ扉があって、片方が俺の部屋。
それで、もう片方が冬樹の部屋だった場所だ。
キョロキョロと中を見学する冬人君のために、ある一ヶ所を、指で指し示した。
──そここそが、冬人君の目的地だからだ。
「──こっちが、冬樹の使ってた部屋だ」
「──っ!」
冬樹の使っていた部屋を教えるや否や、冬人君は持っていたカバンと必要最低限の物が入ったバッグを、床に放り出した。
そのまま、まるで……。
飛び込むようにして、冬樹の部屋へ入ってしまった。
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