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2章【親友の弟と再会して、】
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しおりを挟む──だが、案の定だった。
「う~ん……?」
温和で、優しいこと。それが、今日の現場監督が持つ業界からの評価。
だが、さすがの監督もこの声だ。
今回番組が提示したテーマは【この人、救世主かよ!】だった。
俺の役は、視聴者の再現。……つまりは、実際に『この人、救世主かよ!』と思った側の役。要約すると、主人公だ。
ドジで、おっちょこちょい。それでいて、情けない一般人の役。そんな演技をすることくらい、容易だ。
いくら一週間休んでいたからって、演技ができなくなるほどじゃないからな。つまり、俺の方は問題無かったのだ。
……と、なると。
──問題は、冬樹の代役である冬人君の方だった。
……という方程式が作り上げられるのだが、分かるだろうか?
「すみません」
動きもセリフも、完璧。とても素人とは思えないほど、いい動作とセリフの言い方だった。
棒読みなんかじゃなく、かと言って『演技だ』と思われてしまうほど大袈裟な感じもしない。
自然な話し言葉と、自然な所作。そこは、全く問題無かったんだが……。
──眉間のシワが、深くなってんなぁ。
思わず、そんなことを考えてしまう。
動きと、セリフ。そこは、問題無し。オールクリア。……だが、表情がてんでダメだ。
冬人君の役は、誰が見ても『この人、救世主かよ!』と思わせるようなキャラ。そう見えるよう、演じなくてはならない。だからこそきっと、冬樹なら素の笑顔で全然問題無かっただろう。
──だが、冬人君は笑顔が作れないらしい。
動きとセリフがいくら良くても、表情が不機嫌そうなままでは……誰がどう見ても『救世主かよ!』とは、到底思いはしないだろう。
けれど、たぶんマネージャー……と言うよりは、冬樹が所属していた事務所としては、冬人君を大きく売り込みたいんだろうというのも分かる。
今回の撮影は、またとないビックチャンス。どうあっても、この機会をムダにしたくないはずだ。
冬人君は【冬樹の代役】として、今回の撮影を快諾してくれた。ならば尚更、利用したいに決まっている。
だけど、こうなってしまったら……。
「──チェンジでいくか」
監督の呟き。
リテイクにリテイクを重ねた結果、それがこの現場に携わる全員の総意だった。
事務所としては、映像を撮るだけ撮って、放送される時期に冬人君を売る準備をしておきたいんだろう。表情以外の演技はできるのだから、俺の役をやらせたらいい。
俺の役──主人公の方をやらせれば、困り果てて苛立っているように見せれば、問題無いかもしれない。
けれど監督の呟きを聞いて。意外にも冬人君が口を挟んだ。
「私は、できます。もう一度──」
「その表情で言われてもねぇ?」
苛立っているのか、悔しいのか。冬人君は余計に、厳しい表情となっていく。
……結局、冬人君と俺の役を交換するしかないのだ。
多少の話し合いをしてから、撮影を再開。すると、設定が少しだけ変わった。
【イケメンだけどちょっと抜けている主人公】と【強面だけど優しい救世主みたいな人】という、当初とは違った魅力のある作品。そういった方向性で仕上げようと、撮影が再開する。
「これじゃあ、意味が……っ」
一度だけ、冬人君の呟きが聞こえた。……気がする。
だが結果として、冬人君以外にとっては、満足のいく撮影となった。
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