親友の弟を騙して抱いて、

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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1章【親友の弟と初めて会って、】

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 理解ができていなかったうちは、なにも考えられなかった。
 だが、今ならハッキリと思う。

 ──悲しくて、寂しい。

 ──信じられないし、信じたくなんかない。

 ──『ウソだぜ』と言って、棺桶から飛び出てきてほしい。

 今ならまだ、殴らない。怒鳴りもしないと、約束しよう。可能な限り、笑い飛ばしてやる。

 ──だから、早く。

 ──今すぐに。


「立てるか、平兵衛」


 龍介に誘われるがまま、俺はイスから立ち上がる。覚束ない足取りでも、龍介が腕を引くから、歩くしかなかった。

 立派な花に囲まれた、冬樹の遺影。
 棺桶の中で眠っている、お前に手を合わせてしまう前に。


「ふ、ゆき……ッ」


 ──頼むから。

 ──早く、起きてくれ。


「平兵衛、ほら」


 龍介が先に、手を合わせる。
 隣で茫然と立ち尽くす俺に、龍介は静かに声をかけた。

 急かすようで、哀れむように。龍介は、呟く。
 いつもは不機嫌そうな顔をして、悪態を吐くだけなのに。不愛想な龍介が、そんな風に心配そうな声を出していること自体が、驚きだろう。

 だが、そうさせているのは誰だ?
 ……答えは、俺だった。


「な、んで……ッ」


 かすれた声を、思わず漏らす。

 目の前に横たわっている、冬樹を見つめた。
 こんなに静かな冬樹は、見たことがない。寝ているときでさえも、冬樹は表情豊かな男だったのだ。

 俺は固まっていた筋肉を動かして、やっと腕を上げる。
 そして、俺は。

 ──冬樹に向けて、手を、合わせた。

 これは、別れの儀式なんだから。
 頭の片隅程度にしかなかった実感が、ジワジワと俺の頭全体を侵食し始めた。

 ──お別れだ。

 もう、理解するしかない。
 目を背けたりなんかしてはいけないし、もう、できないだろう。

 ──認めるしか、ない。

 ──月島冬樹という人間は、死んだのだ。

 龍介に、なにも言えず。
 冬樹にさえも、心の中ですら、なにも言えずに。
 俺は長く長く、手を合わせ続けた。


 * * *


 葬式というものは、長いようで短いものなのか。冬樹の葬式は、そんな風に感じられた。
 お坊さんのありがたい言葉も、喪主の挨拶も、なにも覚えていない。

 式が終わり、周りの人間がゾロゾロと帰っていく。そんな中、俺はどうしても、立ち上がれない。

 俺と龍介の周りには、冬樹の友人と思われる人が何人もいた。他にも、どこかの現場で一緒に働いたことがある、俺でも知っている人たち。

 ……決して、小規模ではない。けれど大規模でもない、なんてことない葬式。
 数え切れないほど行われる葬式のうちの、ひとつ。

 ……それが、終わろうとしていた。


「平兵衛、そろそろ出るぞ」


 俺が立ち上がらないからか、龍介は隣に座り続けてくれている。
 龍介にとったら、冬樹は大して特別な人間ではない。言ってしまえば、ほぼ他人のような相手だ。

 一応知り合いだから、義理で出席した。……そんな葬式。
 涙ひとつ流していないし、目元も赤くない。いつもの龍介だ。

 ……そう、だよな。

 葬式なんて、これだけが特別なわけじゃない。冬樹が死んだからって、世界が終わることはないのだ。

 ──人気急上昇中モデル兼、俳優。

 そんな肩書きを持つ月島冬樹が死んだことを、テレビで数回報じたところで。
 涙する人間の方が、全体数と比べると、少ない。


「……分かってる」


 龍介の問いに頷き、俺はゆっくりと立ち上がった。
 手を貸すとかは一切しないが、俺の遅い動きに、龍介は合わせてくれている。


「別に、急かしてるわけじゃねぇから。ムリはすんなよ」
「あぁ」


 ふと。一瞬だけ、振り返ってしまう。

 俺が今までで一番見てきた、冬樹の表情。
 笑顔でこちらを見ている、冬樹の写真。
 冬樹の遺影を、視界に捉える。

 ──おかしいな。

 ──冬樹の笑顔なんて、飽きるほど見てきたのに。

 遺影を眺めると、妙な気持ちになった。

 ──なんでだろうな。

 ──【滅多にしない特別な表情】ってわけでもないのに。

 ──そう、分かっている。


「冬樹……ッ」


 ──なのにもう、見たくてたまんねぇんだ。

 誰からも、返事なんか返ってこない。そうは分かっているのに、冬樹の名前を呟く。

 ──またバカみたいなことを言って、笑ってくれよ。

 叶うことのない願いを、無意識のうちに抱きながら。
 俺は龍介と共に、会場から出た。




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