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1章【親友の弟と初めて会って、】
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しおりを挟む料理が完成していないのに、なぜ仕上げに使う物を持っていたのか。
そんな至極当然の疑問を、わざわざ訊く気が起きなかったのを、俺は今でも憶えている。
……その事件を考えると、一緒に過ごして『苦があったか』と問われれば、あったのかもしれない。家事は分担しようと思っていたのに、料理は俺一人の仕事になったからだ。
アイツの実家が心配になったけれど、ネットで調べたらかなり美味そうな料理の写真だった。口コミも上々。ネット上のレビュー評価も、かなり良い。
和食じゃない料理を作ろうとしたから、失敗したのか。……そう思ってやれるほど可愛いミスではなかったので、アイツには料理の才が無かっただけだな、ウン。
たぶん、その代わりに顔の良さが与えられたのだろう。【天は二物を与えず】と言ったところか。
……そう。家事以外──主に仕事面での冬樹は、凄い奴だった。
雑誌の撮影や、ドラマやバラエティとかで使う再現映像の撮影。そこでアイツは、他の追随を許さないほど、輝いていた。
笑った顔は勿論だが、真顔になっても怒った顔をしても、逆に悲しそうな顔をしても。
台本通りの台詞を言い、逆に黙っただけだとしてもだ。
冬樹は、その場にいる全員の目を奪えるほどに魅力的なモデルであり、俳優だった。
だが、安定の【口を開くと全て台無し】は健在。
『今日の監督、ヤバくなかったか? オレ、メチャクチャ見られてたんだけど。やべぇよ平兵衛! オレ、AVデビューするかもしれねぇ。だってさっきの監督、小太りのオッサンだったじゃん? そんなの、エロ同人にありがちじゃん? 俺ノンケなんだけど、ノンケって逆にAVっぽくね? かっこ笑い』
自分で『かっこ笑い』を言ってしまうのは、どうかと思う。
そもそも、監督なんだから見るのは当たり前だ。
はたして、冬樹の発言はどこまで本気なのか。……たぶん、どこまでも本気で言ってるから、ヤッパリダメだ。
話は若干逸れるが、顔面以外が壊滅的にダメなアイツには、弟がいるらしい。
『オレの弟、オレに似てマジで美形なんだぜ! ニコリともピクリとも笑わねぇんだけど、そんなクールなところも兄のオレとそっくりなんだよな!』
その話を聴いた時、俺は全力で眉間にシワを寄せてしまった。結局なにがどう似ているのか、サッパリ分からなかったからだ。
だが、冬樹が弟を心底溺愛しているということだけは、ハッキリと分かった。
……そんな話を聴いてから、数日後。ある日の、仕事終わり。
いつもより早く帰ってきたアイツは、自室として使っている部屋をいつも以上に散らかしながら、出掛ける準備をし始めた。
いつも以上に笑顔──もとい、ニヤニヤしながらだ。
きっと、明日。つまり、休日はどこかに行くんだろう。
とか思っていたら、冬樹は意気揚々と旅行用のバッグを持ち歩きながら、俺が居るリビングにやって来た。
そのまま、訊いてもいないことをベラベラと喋りだしたのだ。
『聴いて驚け、平兵衛! 明日は弟の誕生日なのさ! おっと、オレが実家に帰るのは家族には内緒だぜ? 言うなよ? 絶対に言うなよ? ちょっ、フリじゃねぇからな、マ~ジでっ!』
どうやら冬樹は、溺愛している弟の誕生日を祝いに、内緒で実家に帰るらしい。アイツは中々実家に帰らなかったから、きっと親御さんも弟君も喜ぶだろう。
『明日は俺も休みだし、珍しく静かな休日を過ごせるな』とか思いながら、アイツの弟自慢を数時間くらい聴いたっけ。
嵐の前の静けさではなく、静けさの前の嵐だった。……あぁ。今思うと、それも苦だったな、うん。
とりあえず話に区切りを付け、冬樹は豪快に歯を磨いた。
『隣の部屋にまで聞こえるんじゃないか』ってくらい大声で歌を歌いながら、風呂に入って。
ドライヤーにも負けない声量で弟自慢を続行し、満足してから秒速で寝たっけか。
ちなみに、時間はまだ夜の七時だった。遠足前の小学生でも、もう少し遅く寝るだろう。
静かになった部屋で一人、俺はぼんやりと考えていた。
──サプライズ帰省、成功するといいな。
そう思いながら、俺は冬樹が出演しているバラエティ番組をリアルタイムで見た。
──感想は、アイツが帰ってきてから言おう。
そんなことを思いながら、二缶目のビールを飲み始めた。
……なのに。
──その感想を伝えられる日は、永遠にこなかった。
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