親友の弟を騙して抱いて、

1章【親友の弟と初めて会って、】

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　俺──火乃宮ひのみや平兵衛へいべえには、家族ではない『同居人』と呼べる男がいる。

　男の名前は月島つきしま冬樹ふゆきと言い、今年で三十になる俺より七つ年下の男だ。

　俺は、三歳の頃からモデル兼俳優。アイツは、高校生の時から俺と同じ職種。
　同じ現場で何回か会ううちに、気付けばすっかり意気投合。マンションで一人暮らしをしていた俺の家に、気付けばアイツは大学卒業と同時に転がり込んできていた。

　……『意気投合』だなんて飾った言葉を遣ってはみたが、俺たちは似ても似つかない。

　俺は図体ばかりデカくなって、いつの間にか『大人っぽい渋さに、野性的な見た目だ』と周りから言われていた。だがアイツはどれかに分類するのならば【美人系】な顔立ちで、黙っていたら他者に与える印象は、俺とかなり違う。

　そんな『パッと見タイプが違う二人』と思われそうな俺たちだったが、まぁなんというか、冬樹は特殊な男で……。


『──オレ、ずっと考えてたんだ。たこ焼きの中身を鯛にしたら【鯛焼き】って名前になっちまうのかなって。……でもさ？　そうしたら、アンコが入ったあっちの【たい焼き】はどうなるんだ？』


　見た目は、王子様的な男だろう。
　……だが、口を開いたらおしまいだ。事務所の偉い人から『月島は仕事中に極力喋るな』とか言われるくらいだからな。

　いつもヘラヘラ笑っていて、時々真面目な顔をしたかと思えばそんなことを言う。……月島冬樹は、そういう奴だった。

　そんな冬樹と一緒に居て、苦なことは特になかったと思う。
　俺が煙草を吸おうが酒を飲もうが、嫌そうな顔はしてこなかった。それに、ただの一度も『やめろ』と口出しもしてこなかったな。

　俺が家でなにをして、なにをしないでも口出ししない。冬樹はそういう、なんと言うかいい意味で他人に無頓着な奴だ。
　そんなアイツだから、一緒に生活していて苦じゃなかったんだろうし、きっとアイツも俺との共同生活を嫌だとは思っていなかっただろう。

　……強いてダメなところを挙げるとすれば、ひとつだけ。

　──料理だ。

　──アイツを、台所に立たせてはいけない。

　家事スキル──中でも料理は、壊滅的にダメな奴だった。
　同居し始めたあの日、冬樹は意気揚々と謎の宣言をしていたのにだ。


『──オレの実家は日本食の店だぞ！　料亭だ、料亭！　つまり、オレはその料理の腕前を遺伝子的に受け継いでるってわけだな！　敬え、平兵衛！　そして脱帽し、オレの料理に狂喜乱舞しろ！』


　自信満々な上、妙に説得力があった。
　だから俺は、一度だけ料理を任せてみようと思ったのだが……さて、どうなったと思う？

　一応、先にヒントを出しておこうか。米を洗剤で洗うとか、卵を電子レンジで温めるとか、そういう古典的且つ一種の伝統芸のようなことはしなかったさ。
　……なぜかって？

　──そうさせる前に、料理を中断させたからだよ。

　聞いて驚け、見て笑え。

　──冬樹は突然、まな板を野菜もろとも真っ二つに切ったんだぞ。

　しかも、犯行に使われたのは包丁じゃない。鉈だ。
　いつの間に搬入したんだよって感じだったし、その後の弁明はたった一言だけ。


『──てへぺろっ！』


　そう言いながら、片手には既にオリーブオイルの入ったボトルを持っていた。もう片方の手には、鉈から装備品を変えて、ガスバーナーだ。

　……そうだな。『てへぺろ』は弁明と言わないな、うん。反省も負い目もなにもない、言わば『驚かせてメンゴ？』な反応だった。

　……ちなみに、その日の夕食はシチューのつもりだったらしい。


『だってよぅ？　チーズとかの表面を炙って、焦げ目を付けると美味しそうに見えるだろう？　だから、チーズと似たような雰囲気のシチューをバーナーで炙ろうとしただけなんだって。それにテレビだと、オリーブオイルを一本全部ひとつの料理に使うって言ってたし？　融合させたら、超美味いシチューになるだろ？　足し算的にさ？』


　──そんなよく分からない理論が、台所に立って喋ったアイツの、最後の言葉だった。