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序章【親友の弟を騙して数日、】
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しおりを挟むカタン、と。
小さな物音が聞こえた。
風呂上がり。自室で涼んでいた俺は、音がした方を振り返った。
「ン? ……あぁ、お前さんか」
物音の正体は、ほんの少しだけ眉間に皺を寄せている。
──他に、誰がいると思っているんだ。
そう言いたげな目で、男はゆっくりと俺に近付く。
そのまま、男はベッドの上へ座る俺の前へ、膝をついた。
「なんだ? 俺になにか用事でもあるのか?」
そう言うと、男はまたもや俺を睨みつける。
──分かっているくせに、与太話をするな。
おそらく、そう言いたいのだろう。
前髪で隠れていない方の片目だけで俺を見上げて、男は随分と不愉快そうだ。
しかし、この部屋に来たのはコイツの意思。俺はコイツを呼んじゃいないし、わざわざ招いた覚えもない。
全部、コイツが自分で選んだことだ。
……イヤ、違うな。
俺が、そうするように仕向けたんだろう。
「へぇ? 今日も、俺の相手をしてくれるのか?」
そこでようやく、男は表情を変えた。
怒りから、羞恥へ。瞳を伏せて、男は言葉を探している。
だが、男はまた、俺のことをジッと見上げてきた。そうして見つめられているだけで言葉を告げられなくても言いたいことは伝わるのだから、不思議なものだ。
「イヤならやめればいい。……お前さんには、ムリだ」
何度、その言葉を告げただろうか。
それでも決して、男はこの部屋から出て行かない。
……あぁ、またか。
自分で蒔いた種とは言え、何度迎えてもこの状況は忌々しい。
男は俺のズボンに手を伸ばし、口を開く。
だが、薄く開かれた口から、言葉は生まれない。男はすぐに、口を閉じたのだ。
だが、俺には男の言いたいことが分かる。
──これは、私のすべきこと。
──全て、私が蒔いた種なのだから。
きっと、男はそう思っているのだろう。
そして男は、俺を慰める前にそう、言ってしまう。
分かっていながら、俺はどうすることもできなかった。
「お前さんから誘ったんだ。途中でやめるなんて、ツレないことは言わないでくれよ?」
意地の悪い言葉を選んだって、男はやめない。引きもしないし、俺の思う通りに動いてもくれないのだ。
──あぁ、なんということだろう。
──こんなのは、あんまりだ。
男は震える手で、俺のズボンを下げようとする。
「……やめるなら、今のうちだ」
これは、俺なりの『やめてくれ』だ。……だがこの男には、ただの一度も通じたことがない。
……仕方がないのだ。
これは全部、俺のせいなのだから。
「──兄を殺した私が、兄の恋人であったあなたを満足させるのは、当然だろう」
ようやく、男が口を開く。
──違う。
俺はそんなことを、お前さんに言わせたかったんじゃない。
そんなことを言わせるために、俺は……。
──俺はお前さんを、騙したわけじゃないのに。
自責の念を、ムリヤリ飲み込む。表情には出さず、あえて笑みを浮かべてみせた。
もう、どうすることもできないのだ。
──俺は、親友の弟を騙して。
──今から、親友の弟を抱くのだから。
序章【親友の弟を騙して数日、】 了
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