27 / 32
オマケSS①【[簡易]〇〇しないと出られない部屋】
【[簡易]〇〇しないと出られない部屋】
しおりを挟むそれはまだ、俺が井合課長に恋をしたばかりの頃。
業務終わり、企画開発課の事務所にて。俺は心から、こう叫びたくなった。
──帰りたい、と。
「──どうしたクソ童貞! ここにある媚薬十本を飲み切らないと、この部屋からは出られないぞ!」
小さくて煩い──もとい、元気な井合課長が俺のデスクに並べたのは、液体の入った小瓶だ。
宣言通り、数は十本。……どうやら、媚薬らしい。
二人きりになった途端、どこかで見たことのあるような展開を自ら勝手に語りだし、無視して帰ろうとすると怒涛の勢いで止められ、仕方なくデスクに座っている。そんな現状。
どうやら今、俺たちは【媚薬十本を飲み切らないと出られない部屋】に居るという設定らしい。
……正直、なにが楽しいのか全く分からない。
「話し合いで、どちらがどう飲むか決めるぞ!」
げんなりとした表情で、液体の満ちた小瓶を見つめる。
これはもしかして……異動したての俺に対する、洗礼かなにかなのだろうか。
企画開発課に異動した職員全員が、一度は経験することなのかもしれない。
……つまり、だ。ここで必要なのは、井合課長が納得するような解答だろう。
「おっ? やる気になったな?」
眼鏡を指で押し上げ、小瓶を眺める。
瓶の数は、十本。順当に考えたら、五本ずつ飲むのが妥当だ。
──だが、それだと普通すぎる。
この人は馬鹿だけど、一応は天才の部類に入る人だ。『偶数ですし、仲良く半分こしませんか』なんて。そんな答えじゃ、絶対に満足しないだろう。
……と、なると。
「おぉっ?」
小瓶を一本だけ、手に取る。蓋を開けると、妙に甘ったるい匂いがした。
媚薬なんか飲んだことがないし、そもそも見たこともないけれど……きっと『こういう匂いなんだろうな』って匂いがする。
残り九本の小瓶からも、蓋を取ってみた。やはりどれも、同じ匂いがする。
……井合課長が目を丸くして俺を見ているが、それは無視だ。
──俺はそのまま。
──媚薬を十本、ノンストップで飲み始めた。
「……ほ~っ?」
特に味わったりせず、グビグビと媚薬を飲み干していく俺の動きに合わせて、井合課長が目を丸くしたまま頭を上下に動かす。……頼む。その動きは可愛いから、やめてくれ。
十本とも飲み干し、息を深く吐いてから。
──俺は、井合課長を睨んだ。
「──苦いですッ!」
「──だろうなっ!」
──苦すぎるッ!
匂いは蠱惑的なほど甘いくせに、コーヒーとピーマンの苦みだけを抽出して泥水で溶いたような味だ! 嗅覚と味覚で齟齬が発生し、脳がパニックを起こして当然だろう!
元来甘党の俺からすると、この味は地獄そのものだ!
「俺様が配合した【栄養価にステータスを極振りしたせいで味は最悪中の最悪ドリンク】を、よくもまぁ一気に飲み切ったな。素直に驚愕だぞ」
「それは、まぁ……うぇ……っ」
まさかの確信犯だったらしい。訴えたら勝てるだろうか。
吐き気すら込み上げてくる、毒薬のような飲み物。俺は口元を押さえながら、それでも気持ちを伝えたくて……独り言のように呟いた。
「──危険性があるものを、井合課長には飲ませられませんから……っ」
──井合課長に聞こえただろうか……?
いや、聞こえていなくてもいい。いっそ、聞き流されたって構わない。
俺は真っ青な顔をしていると自覚しながら、井合課長を振り返った。
「あの、後学のために訊きたいのですが……さっきのって、他の人はどう答えたのでしょうか」
青白い顔をした俺に対して、井合課長は不思議そうに小首を傾げる。
「──ん? こんなことして遊んだの、お前相手だけだぞ」
──は?
一瞬だけ、気が緩む。
井合課長の返答に対して、驚いてしまったのと。
……不覚にも、胸が高鳴ってしまったからだ。
──ゆえに、危機が迫った。
「──う……っ! はっ、吐きそう……ッ」
「──だろうな! なにをしている! 早く洗面所へ向かえ!」
井合課長の声に後押しされるよう、俺は椅子から立ち上がり、素早く洗面所へ向かって走り出す。
抗いようのない吐き気がスッキリした時、俺は井合課長の言葉を考える気にもならなかった。
……だから当然。
──俺が嘔吐している間、井合課長の耳が赤くなっていたことも、俺は知らない。
オマケSS【[簡易]〇〇しないと出られない部屋】 了
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
あの夏の影
秋野小窓
BL
夏をテーマにした短編です。
幼馴染のお兄ちゃん(社会人)×大学生。全年齢です。
【登場人物】
*正二郎(しょうじろう):信金職員。育海の実家の隣に住んでいる。
*育海(いくみ):大学生。地元を離れ、都内で一人暮らしをしている。
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【幼馴染DK】至って、普通。
りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。
【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!
三崎こはく
BL
サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、
果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。
ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。
大変なことをしてしまったと焦る春臣。
しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?
イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪
※別サイトにも投稿しています
「誕生日前日に世界が始まる」
悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です)
凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^
ほっこり読んでいただけたら♡
幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡
→書きたくなって番外編に少し続けました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる