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オマケSS①【[簡易]〇〇しないと出られない部屋】

【[簡易]〇〇しないと出られない部屋】

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 それはまだ、俺が井合課長に恋をしたばかりの頃。
 業務終わり、企画開発課の事務所にて。俺は心から、こう叫びたくなった。

 ──帰りたい、と。


「──どうしたクソ童貞! ここにある媚薬十本を飲み切らないと、この部屋からは出られないぞ!」


 小さくて煩い──もとい、元気な井合課長が俺のデスクに並べたのは、液体の入った小瓶だ。
 宣言通り、数は十本。……どうやら、媚薬らしい。

 二人きりになった途端、どこかで見たことのあるような展開を自ら勝手に語りだし、無視して帰ろうとすると怒涛の勢いで止められ、仕方なくデスクに座っている。そんな現状。

 どうやら今、俺たちは【媚薬十本を飲み切らないと出られない部屋】に居るという設定らしい。
 ……正直、なにが楽しいのか全く分からない。


「話し合いで、どちらがどう飲むか決めるぞ!」


 げんなりとした表情で、液体の満ちた小瓶を見つめる。
 これはもしかして……異動したての俺に対する、洗礼かなにかなのだろうか。
 企画開発課に異動した職員全員が、一度は経験することなのかもしれない。

 ……つまり、だ。ここで必要なのは、井合課長が納得するような解答だろう。


「おっ? やる気になったな?」


 眼鏡を指で押し上げ、小瓶を眺める。
 瓶の数は、十本。順当に考えたら、五本ずつ飲むのが妥当だ。

 ──だが、それだと普通すぎる。

 この人は馬鹿だけど、一応は天才の部類に入る人だ。『偶数ですし、仲良く半分こしませんか』なんて。そんな答えじゃ、絶対に満足しないだろう。

 ……と、なると。


「おぉっ?」


 小瓶を一本だけ、手に取る。蓋を開けると、妙に甘ったるい匂いがした。
 媚薬なんか飲んだことがないし、そもそも見たこともないけれど……きっと『こういう匂いなんだろうな』って匂いがする。

 残り九本の小瓶からも、蓋を取ってみた。やはりどれも、同じ匂いがする。
 ……井合課長が目を丸くして俺を見ているが、それは無視だ。

 ──俺はそのまま。

 ──媚薬を十本、ノンストップで飲み始めた。


「……ほ~っ?」


 特に味わったりせず、グビグビと媚薬を飲み干していく俺の動きに合わせて、井合課長が目を丸くしたまま頭を上下に動かす。……頼む。その動きは可愛いから、やめてくれ。

 十本とも飲み干し、息を深く吐いてから。

 ──俺は、井合課長を睨んだ。


「──苦いですッ!」
「──だろうなっ!」


 ──苦すぎるッ!

 匂いは蠱惑的なほど甘いくせに、コーヒーとピーマンの苦みだけを抽出して泥水で溶いたような味だ! 嗅覚と味覚で齟齬が発生し、脳がパニックを起こして当然だろう!
 元来甘党の俺からすると、この味は地獄そのものだ!


「俺様が配合した【栄養価にステータスを極振りしたせいで味は最悪中の最悪ドリンク】を、よくもまぁ一気に飲み切ったな。素直に驚愕だぞ」
「それは、まぁ……うぇ……っ」


 まさかの確信犯だったらしい。訴えたら勝てるだろうか。

 吐き気すら込み上げてくる、毒薬のような飲み物。俺は口元を押さえながら、それでも気持ちを伝えたくて……独り言のように呟いた。


「──危険性があるものを、井合課長には飲ませられませんから……っ」


 ──井合課長に聞こえただろうか……?

 いや、聞こえていなくてもいい。いっそ、聞き流されたって構わない。
 俺は真っ青な顔をしていると自覚しながら、井合課長を振り返った。


「あの、後学のために訊きたいのですが……さっきのって、他の人はどう答えたのでしょうか」


 青白い顔をした俺に対して、井合課長は不思議そうに小首を傾げる。


「──ん? こんなことして遊んだの、お前相手だけだぞ」


 ──は?

 一瞬だけ、気が緩む。
 井合課長の返答に対して、驚いてしまったのと。
 ……不覚にも、胸が高鳴ってしまったからだ。

 ──ゆえに、危機が迫った。


「──う……っ! はっ、吐きそう……ッ」
「──だろうな! なにをしている! 早く洗面所へ向かえ!」


 井合課長の声に後押しされるよう、俺は椅子から立ち上がり、素早く洗面所へ向かって走り出す。

 抗いようのない吐き気がスッキリした時、俺は井合課長の言葉を考える気にもならなかった。
 ……だから当然。

 ──俺が嘔吐している間、井合課長の耳が赤くなっていたことも、俺は知らない。





オマケSS【[簡易]〇〇しないと出られない部屋】 了




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