上 下
24 / 32
第11案【報連相は大事ですよね?】

後編

しおりを挟む



 経営者が、増江課長の……父親?
 アダルトグッズの、販売会社。……増江課長の父親、って……?


「──初耳なんですけどッ!」
「──『増江にとって大切な人』と言っただろう!」
「──それしか言ってないじゃないですか!」


 つまり……俺が、勝手に勘違いしたってことか?
 井合課長が頑張っていたのは、増江課長が好きだからじゃない。増江課長に──増江家に、恩を売るためだったのだ。

 ……なんて。なんて、あくどい人なのだろう……ッ! 幼馴染みだけではなく、家まで巻き込んで恩を売ろうとするなんて……ッ!

 そうなると俺は、今までいったいなにをしていたのだろうか……。
 勝手に勘違いをして、勝手に怒鳴って嫌な態度を取って……。これではどう見ても、こっちが悪者みたいじゃないか。

 肩を掴まれたまま、井合課長が俺を見上げている。その目は、どこまでも不思議そうだ。


「……くっ! 先日は、すみませんでした……っ!」
「なぜそんな苦渋に満ちた顔をして謝罪する?」


 ──腑に落ちないからに決まっているだろ。

 ……とは言えないので、俺は黙り込む。井合課長は井合課長で、いつもとは別の意味で落ち着きがない。ソワソワと、妙に視線が泳いでいる。

 そうだ。まだ、もうひとつ……疑問に思っていることがあった。
 井合課長の肩を掴む手に、力を籠める。


「井合課長。……もうひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なっ、なんだよ……っ」


 俺の言葉に、井合課長はまたもや顔を赤くした。

 ──そんな顔を見て『期待をするな』なんて、無理な話だ。


「──俺は、井合課長が好きです」


 振られるとか、玉砕とか、今後の仕事はどうしようとか……。そんなこと、どうだっていい。

 ──目の前に居るこの人へ想いを伝えるのなら、今しかないだろう。

 見開かれた金色の大きな瞳に、俺が映し出されている。たったそれだけのことが、こんなにも落ち着かない。
 いつもは耳障りなくらい煩い井合課長が黙っていると、変な気分だ。状況が状況なだけに、怖い。

 もう一度口を開こうと思った矢先、井合課長がやっと、口を開いた。


「──はっ? オイ、今はなんの時間だっ?」
「──はいっ?」


 井合課長の瞳が、訝しむように細められる。言葉の意味が分からなくて、俺も同じような表情を浮かべてしまった。


「俺、今……井合課長に告白、しました、よねっ?」
「あぁ、したな。俺様は、されたな」
「普通、返事とか……?」
「『返事』だと?」


 要領を得ないといった顔をして、井合課長は腕を組む。けれど、その表情はいつもの笑顔ではないし、強気なものでもない。

 ──ほんのりと、赤いのだ。


「──どうでもいい奴のコーヒーの好みなんて、憶えているわけがないだろう……っ」


 頬は依然赤いまま、ムッとした表情で俺を見上げて、井合課長は付け足す。


「──それでもお前は、利発な企画開発課の職員か?」


 言っていることは、小憎たらしい。……なのに、何故だろう。

 ──ウザ可愛くて、仕方ないのは。

 だから、思わず俺は……一言、呟いてしまった。


「──すみません。……今日、早退してもいいですか?」
「──はっ?」


 頼む。
 ……少し、考える時間をくれ。





第11案【報連相は大事ですよね?】 了




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

あの夏の影

秋野小窓
BL
夏をテーマにした短編です。 幼馴染のお兄ちゃん(社会人)×大学生。全年齢です。 【登場人物】 *正二郎(しょうじろう):信金職員。育海の実家の隣に住んでいる。 *育海(いくみ):大学生。地元を離れ、都内で一人暮らしをしている。

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

「誕生日前日に世界が始まる」

悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です) 凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^ ほっこり読んでいただけたら♡ 幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡ →書きたくなって番外編に少し続けました。

処理中です...