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第10案【ご清聴を感謝します】
前編
しおりを挟むあの日、俺は確かに恋をした。
『──俺様はお前が思っているよりも寛容な男なんだよ!』
貴方は俺を救ってくれた、王様なのだ。燦然と輝く、俺だけの王様。
ならば民として、臣下として。俺は貴方に、忠義を尽くそう。
──例えそれが、愛する貴方が別の人と付き合うための、架け橋になろうと。
──俺は、少し不器用な普通の社会人でしか、ないのだから。
* * *
会議室の扉を開き、俺は呼吸を乱したまま、叫ぶように言い放つ。
「──遅れてしまい、申し訳ありませんでした!」
その場に居るほとんどの職員が、俺を見て目を丸くしている。さすがに数人とはいえ、視線を集めてしまうのは、少し怖い。
けれど、一人だけ。
──俺の登場を、余裕の笑みで受け入れてくれる人が居た。
「遅刻だぞ、クソ童貞?」
「すみません……っ!」
頭を下げると、井合課長は不遜な態度のまま、俺を見上げている。
「始まりはなんだっていい。謝罪も後で受ける。大事なのは【結果】だ」
「……っ」
「王に示してくれるよな? 俺様の羊ちゃんなら、な?」
俺は頭を上げ、力強く頷く。
ついさっき印刷したばかりの書類を、座っている職員全員に手渡す。会議室の机には、水の注がれたグラスが置いてあった。そんな小物すらもが、俺の緊張感を高めていく。
……勿論、前の課での元上司にも。俺は、書類を手渡す。
俺から書類を受け取ると、元上司は嫌味な笑みを浮かべた。
「元部下がどんな駄作を発表するのか、楽しみで仕方ないよ」
投げかけられた、嫌味な言葉。……それに対して、表情を曇らせはしない。
──俺が屈するということは、井合課長の負けを意味するからだ。
書類を配り終え、俺は会議室で一番注目を浴びるホワイトボードの前に立ち、職員を振り返る。
俺の姿を目で追っていた職員が、次々に書類へ視線を落とす。
──そして、会議室が一瞬にして、ザワついた。
そのタイミングで、俺は企画した商品の仮名称を、高らかに宣言する。
「──これより【付着した精液の臭いを一瞬にして無臭化するティッシュ】の商品説明、並びにプレゼンを始めます!」
恐らく、この場で紹介されると想定されていた商品は、アダルトグッズだろう。
ローターなり、バイブなり、拘束具なり……そういう、際どい物を受け入れる態勢を、取っていたはずだ。
だが、そういう類の商品はかなり出回っている。平凡且つ面白味に欠ける俺の脳みそじゃ、そうした既出の作品を超えられない。
──そこで役立ったのが、井合課長がくれた書類だった。
俺は営業課時代、係長の役職を持っていた一人の職員に、目を向ける。
「これは、ある種で未成年向けの商品かもしれません。その理由が分かりますか?」
「はっ? 未成年、向け……っ?」
元係長、現課長職の職員は、目に見えて狼狽した。
──なぜなら、その人こそが【思春期に突入した息子の自慰行為が、臭いで分かってしまって気まずい】という悩みを抱えている、課長なのだから。
「自慰行為に目覚めた思春期の少年は『臭いで家族にバレるかもしれない』というリスクを、失念しがちです。かく言う自分も、そういう時期がありました」
ちなみに、嘘だ。俺はきちんと、そこらへんを徹底していた。
大事なのは、相手をどう自分の口車に乗せるか、だろう。実体験という発言の真偽は、関係無い。
目論見通り、俺に見据えられた課長は押し黙っている。視線は俺ではなく、俺が用意した書類に向けられていた。
その流れで、俺は増江課長に目を向ける。
「勿論、これは実家暮らしの青少年全員に当てはまることでもあります。どれだけ警戒していても、回避できない場合もあるでしょう」
増江課長は、眉間に深い皺を刻んだ。【両親にバレないよう処理するのが最近の悩み】なのだから、他人事ではない内容だと気付いたのだろう。
増江課長が苛立たし気に井合課長を睨んでいるが、井合課長は目を合わせない。
おそらく増江課長は、俺に入れ知恵をしたのが井合課長だと気付いていたのだ。
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