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第1案【歩く下ネタが好きなんです?】

後編

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 そんな、まるで子供のようなプロフィールを持っている少年。
 ……のようなおっさんが、事務所に入ってきた。


「よう、クソ童貞! 昨日も一人でシコシコしてたのか? 寂しい奴だな~!」
「決めつけないでください!」
「ハッハッハ~! おっ! よう、クソ童貞! 昨日のオカズはなんだ? 人妻系か?」
「言い当てないで!」


 たった一人、事務所にやって来ただけでこの騒がしさ。少年のように愛らしい容姿をした男は、近くに居る職員へ片っ端からセクハラをかます。

 そしてその高いテンションを保有したまま、悠々とした足取りで俺のデスクに近寄って来た。


「よう、クソ童貞! 昨日は一人寂しくマスかいてたんだろ? 虚しい奴だな~! オカズはなんだ?」


 似合わないスーツの上に、ブカブカの白衣を纏っているその人は、俺にも変わらずセクハラをぶっこんでくる。

 俺は椅子を少し引き、隣に立つその人を見上げた。


「気になりますか」
「ぼっち童貞のしみったれたショボい妄想を聞くくらい、上司としては当然だろう!」


 正直……なにを言っているのか、全然分からない。
 俺は短く嘆息し、真っ直ぐと指を指す。


「──課長。……貴方です」


 俺に『課長』と呼ばれたその人は、一瞬だけ目を丸くする。
 そして……。


「──ハーッハッハッハ! なかなか見る目があるじゃねーか、クソ童貞! 俺様のシコリティシンボルショタボディは、いわば国宝級だからな! お前の気持ちは分かるぜ、下半身が痛くなるほどにな!」


 愉快そうに、笑った。

 その人──井合いあい俊太しゅんた課長は上機嫌で俺のそばから離れ。
 ……ようとして、一度だけ俺を振り返る。


「業務中にムラムラすんなよ?」


 それだけ言い残し【開発課課長】と書かれたプレートが置いてあるデスクへと向かい、腰を下ろした。


「はぁ~……っ。相変わらず、イカくせぇ事務所だな!」


 職員全員に聞こえるようぼやいた井合課長は、デスクの引き出しから知恵の輪を取り出して、ガチャガチャと遊び始める。

 この課が、アットホームな雰囲気且つ温かな人間関係を構築できている理由。……それは、下ネタという概念しか持っていない井合課長のおかげだ。
 上に立つ人間があれだけ最低なのだから、緊張する必要が無い。

 一瞬で知恵の輪を解いてしまった井合課長は、ルービックキューブを取り出して遊び始め、すぐに全面を同じ色で揃えた。

 そんな井合課長を眺めながら、職員は口々にぼやく。


「あの見た目で三十路って、信じられるかよ」
「言ってることは中年のオッサンより酷いけどな」
「ホント、黙ってたら可愛いんだよなぁ……」


 丸い瞳。
 笑った時に覗く八重歯。
 小柄な体躯。

 ……確かに、容姿だけは小学生のようで、可愛い。他の職員に倣って、思わず俺も井合課長へと視線を向ける。
 上機嫌で数独パズルを解いていく井合課長は、確かに黙っていれば……本当に、黙っていれば可愛いのだ。

 ──本当に、可愛い。

 ──可愛いからこそ、俺は答えの見つからない問題に直面してしまっているのだ。

 どこにでもいる、普通の社会人。俺は確かに、そんな人間だった。
 ただ、ひとつ。好きなものを除いたら、普通の社会人だ。

 ──四月の異動で出会った【歩く下ネタ】みたいな男、井合俊太さえ好きにならなければ。

 おそらくきっと、井合課長は『部下に本気でズリネタにされている』なんて、思っていないのだろう。

 企画開発課への異動が、俺の人生を左右させる大きな出会いをもたらすなんて。……いったい、誰が想像したのだろうか。


「おっ! 六と九が並んだ! シックスナインじゃねーか!」


 数独パズルに興奮する三十路男性なんて、本当に馬鹿だと思う。
 だけど……。

 ──そんな馬鹿が好きな俺は、もっと馬鹿だ。





第1案【歩く下ネタが好きなんです?】 了




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