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続 6章【先ずは好きだと言わせてくれ】
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しおりを挟む忘れていたわけじゃ、ない。
と言うか、仮に『忘れて』と言われても忘れられるわけがなかった。
『僕が傷付けてしまった彼女に、近いうち会いに行こうと思うんだ』
先輩はあの日、確かにそう言ったのだ。
驚愕や、疑問や。色々な感情が、一瞬にしてブワブワと浮上してきたのは言うまでもなく。俺はきっと、見ている先輩の方がむしろ不安になってしまうほど不安気な顔を、先輩に向けたことだろう。
俺を見て、先輩は優しく笑った。どう考えてもその笑顔は今、先輩が浮かべるべき表情ではなかったはずなのに。
先輩が言うには、どうやら先輩は例の女社長さん──ではなく、その秘書さんと連絡先を交換していたらしい。あんな事件があったからなのか、それよりも前からなのか……。先輩が秘書さんと連絡先を交換した経緯は、分からないが。
しかし、結果として連絡先を知っていたのが功を奏した。先輩は秘書さんを通して、女社長さんとスケジュールを合わせられるのだから。
当然、俺は危惧した。もしも秘書さんが、先輩を恨んでいたら……と。
だが先輩は、俺の不安を笑顔のまま一掃。
『大丈夫だよ。その人は彼女の状態も把握しているけど、それと同じくらい僕の状態も理解してくれている人だから』
どうやら秘書さんは、先輩が女社長さんによって精神的に追い詰められたことを知っているらしい。決してそれがいい話ということではないが、おかげで俺が思っていた問題はなさそうだ。
……さて、話を戻そう。
懇切丁寧な前置きがあったこともあり、先輩はスムーズに女社長さんとスケジュールを合わせることに成功。結果として先輩は今、俺に【女社長さんと会う】と報告をしてくれた次第だ。
「……それ、どういう表情?」
打ち明けてくれた先輩が次に取った行動は、苦笑だった。俺の顔を見て、困ったように笑っている。
俺は湯呑を手にしたまま、先輩を見つめ返した。
「どういう意味ですか、それ」
「唇がキュッと引き結ばれて、眉間に皺がギュッと寄ってる。……心配してくれているのかな?」
「当たり前じゃないですか」
「口調は凄く怒っているように聞こえるけどね?」
まだ苦笑しつつ、先輩は俺を見つめる。
「大丈夫だよ。喧嘩をしに行くわけじゃないし、問題を起こしに行くわけでもない。……僕は、和解をしに行くんだから」
そんなもの、言われなくても分かっているさ。
先輩は、変わりたい。トラウマを克服して、前に進んで……レベルアップをした先で、俺を幸せにしたいのだ。
俺だって、同じ気持ちだった。理解が遠く及びそうにない【他人への関心】へ初めて焦がれ、ようやくその意味の端切れに指が触れて、掴めたことに笑ってしまうほど……俺だって、同じ気持ちなのだ。
それでも、心配なものは心配で……。
「……いつ、なんですか。そのⅩデーは」
「あっ、ごめんっ。今、空耳で『セックスデー』って聞こえたっ」
「そういう冗談はいいですから」
「あいたっ。しっ、静かにパンチをお見舞いしないでよ……っ。場を和ませようとした、お茶目なジョークなのに……」
やはり、この人は馬鹿なのだろう。どうして、よりにもよって先輩が俺に気を遣うんだ。
心配をして、どうにか安心させて……。それは、そんなことは先輩がすべきことではない。
それは、どう考えても俺の役目だと言うのに……ッ。
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