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続 6章【先ずは好きだと言わせてくれ】
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しおりを挟む幸三の勝利に、俺はパチパチと拍手を送る。これにはさすがの幸三も喜色満面──ではなく、どこか悲しそうだ。
だが、俺たちとしては感慨深いものだぞ。
「いやぁ、凄いな、幸三。ついに営業部の元エース、牛丸先輩に勝ったぞ。……困りましたね、先輩。後任である幸三に負けちゃいましたよ?」
「えへへ~っ、負けちゃったぁ~っ。悔しいなぁ~っ」
「営業部は安泰みたいですねー」
「みたいだねぇ~っ?」
「──やめてッ! 猛烈にやめてッ!」
兎田主任となにがあったのかは知らないが、気に入られるのは納得だ。先輩も相当だが、幸三も揶揄うとかなり楽しいからな。むしろ、今まで兎田主任に弄ばれていなかったのが不思議なくらいだぞ。
さめざめ、しくしく。幸三は眼鏡もろとも顔を手で覆いながら、泣いている。……どうやら、いじめすぎたらしいな。そろそろ、フォローのひとつでも入れておこうか。
「──まぁ、好きこそもののなんとやら、だよな」
「──追い打ちもやめてッ!」
おっと、そろそろ仕事の時間だ。幸三いじめを切り上げなくては。
「困ったことがあればなんでも言ってくれ、幸三。いつでもこの、自慢の後輩──営業部の元エースを貸してやろう」
「任せて、竹虎君っ! 喋っているうちに自分の心と向き合えるようになれるはずだよっ!」
「そんなMCバトルみたいな方法でオレの心を暴かないでッ!」
いいじゃないか、MCバトル。パーリーピーポーで軍師なあのアニメ、最高だぞ?
……だが、そうか。幸三、兎田主任のことが気になってるのか。前に俺と先輩の関係を知っても『偏見がない』とは言っていたが、それはそういうことだったらしい。
いや、待てよ? だけど、確かに幸三は『ホモはイヤ』と泣いていたはず。……なんだよ、ツンデレか? 面倒くさいなぁ。
「ハッ! なにか今、子日君が壮大なブーメラン発言を心の中でしていた気がするよ!」
「──黙ってろ敗者」
「──うわんっ!」
先輩を黙らせるつもりが、またしても託児所のできあがりだ。まったく、俺はベビーシッターじゃないと何度言えば分かるんだよ。
「とにかく、もう休憩時間が終わるぞ。幸三は午後から営業があるんじゃないのか?」
「そうだった! 一時半に出発だった!」
「じゃあ早く戻れよな」
慌てて椅子から降り、幸三は使っていた椅子をもとの場所へと戻す。
「……あっ、ブン!」
「なんだよ。まだなにかあるのか?」
そのまま出て行くかと思いきや、幸三はクルリと俺の方へ戻ってきた。
そしてガシッと俺の肩を強引に組み、距離を縮めてくる。……オイ、やめろ。隣のベビーが泣きそうな顔をしている。
……だが。
「ブン、オレさ。……オレもさ、頑張るよ。だから、オレは今ようやく、ようやく今になって、ブンを応援できる。……ブンが変わってくれて、嬉しい。ブンの変化が、嬉しい。オレはブンの親友として、全部を応援するよ」
幸三が、あまりにも真剣な様子でそう耳打ちするから。
「幸三……っ?」
妙な感動をしてしまった俺は、幸三を注意できなくなってしまった。
正直、幸三がなにを思ってこんなことを言ってきたのか。俺は、理解できていないのだろう。
だがそれでも、幸三にはなにかしらの革命が起こったらしい。それが兎田主任のおかげなのかは分からないが、きっとこれはとてもいいことなのだろう。
「それと、もうひとつ……」
幸三は俺の肩を抱いたまま、さらにコソッと耳打ちしようとた。
いったい、今度はなんだろう。真面目な話が続くと理解した俺は、幸三の言葉に耳を澄ませる。
「──頼む、ブン。オレに脱処女した時の話を聴かせてくれないか?」
「──なんでだよ嫌だよふざけんな」
──コイツ、仕返しか!
……って言うか、なんで俺が脱処女したことを知ってんだ! 兎田主任だよな、知ってるわクソがッ!
馬鹿なことを囁いた幸三に正義の鉄槌──またの名を【鳩尾クリティカルヒット肘打ち】をお見舞いし、そのまま俺は午後の仕事へと戻るのであった。
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