先ずは好きだと言ってくれ

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
上 下
202 / 251
続 5章【先ずは克服させてくれないかな(牛丸視点)】

15

しおりを挟む


 怖くて、怖くて。怖くて怖くて、堪らない。
 右手首が【自分以外のなにか】に、包まれている。しっかりと握られ、そのまま僕の自由を奪っているのだ。


「やめてッ! お願いッ、放してッ!」
「……ッ!」
「嫌だッ、嫌だやめてッ! 放してよッ! ……ッ、放せってばッ!」


 目の前にいるのが、誰なのか。それすらも上手に見えなくなって、頭の中だけじゃなくて視界もグラグラと揺れて。


「俺は──」
「──うわァアッ!」


 僕は自由が残されている左手で、僕の右手首を掴む相手を突き飛ばす。……それなのに、右手首は解放されなかった。……むしろ、力は強まったのだ。

 怖い、嫌だ、怖い。どうしてこの人は、僕のことを放っておいてくれないのだろう。どうしてこの人は、僕の右手首を掴むのだろうか。

 そうだ、そうだ。きっと、この人は【あの人】に違いない。そうに決まっている、そうだ、そうなのだ。そうであるのなら、ここで強く突き放さないと【あの人】はまた【あんな事件】を起こすだろう。

 だから、だったら、ならば! 僕がするのは【あの人】と僕にとって必要な正当防衛に決まっている!


「放せって言ってるのが分からないのッ! 僕は【君】のことが──」


 刹那──。


「──章二さん。俺の声、聞こえますか」


 ──優しい声が、僕を呼んだ。

 慈愛と言えば、こんな声。そう思えるほど優しい声を出している相手が、僕の右手首を力強く握っているなんて……。チグハグなふたつの現実を受けて、僕の視界は徐々に正常な世界を映し始めた。


「……あ、ぁ……っ」
「良かった。俺の声、聞こえているみたいですね」


 左手に残る、違和感。それは、僕の右手首を掴む相手を突き飛ばそうとした際の、鈍痛。

 ──子日君を突き飛ばした、痛みだ。

 ようやく、相手を認識して。ようやく我を取り戻した僕は、ボロボロと大粒の涙をこぼしてしまった。

 ……どう、して。どうして僕は、子日君を……っ。何度も首を横に振り、僕はなんとか対話で現状を打破しようと切り替える。


「だめ、だよ……っ。お願い、駄目だ……っ。手を、手を放して……っ」
「それこそ、駄目です。お願いですから、目を逸らさないでください。俺を、見てください」
「いや、だ……っ。嫌だよ、いやだ……っ。僕は、君を……っ」


 ──子日君を、怖がりたくなんかない。

 ──子日君を、傷つけたくないのに。

 首を左右に何度も振るけれど、子日君は手を放してくれない。むしろ僕を逃がすつもりもなければ解放するつもりもないと言いたげに、距離を詰めてきたくらいだ。

 僕が怯えているのは、子日君ではないのに。ただ、僕は【なにか】に右手首を掴まれるのが堪らなく怖いだけなのに、このままでは……ッ。

 ──僕が怖いのは、相手が【子日君だから】じゃ、ないのに。

 このままでは、子日君を傷つけてしまう。僕が【子日君に怯えている】と、子日君に誤解させてしまうかもしれない。


「お願い、だから……っ。お願いだから、今すぐ手を──」


 僕がそう、懇願するのと同時に。


「──いいから俺を見ろッ、牛丸章二ッ!」
「──ッ!」


 子日君がそう怒鳴ったのは、同時だった。

 右手首は引かれ、そのまま子日君の胸に当てさせられる。平たい胸にドンと右手がぶつかったことにより、目の前にいる相手が【あの人ではない】と、強引に理解させられたような心地になった。


「よく見ろッ、牛丸章二ッ! アンタの右手首を握っているのは誰だッ! 言ってみろッ!」
「そ、れは──」
「目を逸らすなッ! ハッキリ、自信を持って俺の名前を呼んでみろよッ!」


 逸らしかけた目を、隣に座る男の子へ向ける。
 目の前に、いる子。僕の右手首を掴んでいる子は……っ。


「……子日、くん……っ。子日、文一郎君……っ」
「ソイツとアンタの関係性はなんだッ! 答えろッ!」
「こっ、恋人……っ」
「なら、アンタの恋人は【アンタ】に危害を加えるような奴なのかッ!」
「ッ!」
「答えろッ、牛丸章二ッ!」


 そんなもの、愚問だ。決まり切っている問い掛けじゃないか。

 ──それなのにどうして、僕はそんなことを他の誰でもない君に、言わせてしまっているのだろう……っ。


「──君は、僕を傷つけたりしない……っ。絶対に、僕を傷つけないよ……っ! だ、から。……だから、君が好きだよ……ッ!」


 答えなんて、分かり切っている。
 それでも君が問い掛けたから、僕は。……僕は、他の誰でもない君に答えるよ。

 ……君が、好きだから。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい

中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。 しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

処理中です...