180 / 251
続 4.5章【先ずは好きだと言わないでくれよな(竹虎視点)】
2
しおりを挟む重たかった足取りが、さらに重たくなる。脳内で繰り広げられているトークテーマが、オレをそうさせているのだ。
特別な、相手。特段、価値も個性もないオレが……誰かの【特別】になれるとは。ありえないことだと、さすがのオレにも理解できた。
──だけどもしも仮に、そんな相手が現れたとしたら?
──オレの言葉に心を動かし、オレのことを誰よりも大切にしてくれて、オレじゃないとダメと言ってくれる人が現れるなら?
「オレにとってその子は、凄く特別な子になるんだろうなぁ~」
こうして、受け身だから。だからきっと、オレは変われない。
「あ~あ。ブンが事務所でキスしなければ、オレはこんなこと考えなくて済んだのになぁ~」
ブンが浮かべた、照れ笑い。
『──あぁ。すっごく、幸せだ』
あんなブンの笑顔、初めてで。……あの笑顔を見てから、オレはおかしくなっていた。
親友が浮かべた、柔らかくて温かい、あの笑顔を見てからずっと……。
「……って、なに考えてんだよ、オレ!」
こんなことを仕事中に考えるものではない。オレは気持ちを切り替えて、なんとか足を動かす。
ちなみに、オレが向かっているのは兎田サンの仮眠室だ。商品のサンプルを受け取りに向かっている途中とも言う。
すっかり、オレは営業部の中で兎田サンの専属になってしまった。兎田サンに用事があると、営業部のセンパイたちはなぜか全部オレに頼んでくるようになったのだ。酷い、あんまりすぎる。
だが、仕方ない。兎田サンは誰が見ても怖いからな。今まで牛丸サンが相手をしていたのだから、その後任となったオレがその立場を引き継ぐのはジメイのリってやつだ。……くそぅ、納得できそうでしたくないぞ。
……だけど、そうか。そう言えば、兎田サンもブンと牛丸サンのことを知ってるんだよな。
それを知って、兎田サンはなにかを思ったのだろうか。オレのように、妙なモヤモヤを抱えたのかもしれない。
だがこんな気持ち、誰かに言えるはずもない。オレが頭の中で考えていることは、誰にも言ってはいけないのだ。
だってオレは、空虚でつまらない男なのだから。普段通りのヘラヘラとした笑みを浮かべて、意味もなくハイテンションであるべきだ。
だから、言わない。誰かに、察されてもいけないのだ。
……それにしても、だ。
「ど、どうも~っ。商品のサンプルを取りに来ました、竹虎です~……」
──何度来ても、ヤッパリ兎田サンに会うのはコエェ~ッ。
もうなんて言うか、あれだな。兎田サンに【会う】って言うより【遭う】って感じだ。だってマジでコエーもん。なんであの人、いっつも他人を威嚇して──。
「──オギャァーッ! いきなりドアが開いたァアッ!」
「──なんだよ、うるせぇな」
バンッ! と。それはそれはデカい音で、扉が開く。物思いに耽っていたオレからするとその音は強烈で、堪らず大声を出してしまうほどだ。
中から現れたのは、普段通りに半裸の兎田サンだった。扉の開閉音も、いつも通りだ。兎田サンはオレをジロリと睨みながら、いつもと同じく怖い顔をしている。
うぅ~、怖いぞ、怖い! こんな時、ブンがいてくれれば!
などというどうしようもないことを考えつつ、オレは兎田サンを必死に見上げ続けた。
20
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい
中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる