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続 4章【先ずは抱き締めさせてくれ】
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しおりを挟むそれでもきっと、守ろうとしているだけでは駄目だ。
先輩のトラウマを、克服させる。そのために俺が、できること。……もっと、そっち方面に頭を働かせなくては。
どこかで俺は、酷く保守的な男になっていたのかもしれない。先輩が笑っているのなら、それでいいのではと。
……違う、か。本当は、俺は──。
「それじゃあせっかくだし、ひとつ【お願い】をしてもいいかな?」
俺を抱き締めたままの先輩が、静かな声でそう言う。
いったい、なにを求めているのだろう。もしかして、トラウマ克服に関するレッスン的なものだろうか。俺は先輩を振り返る。
「なんでしょうか?」
──すると、突然。
「──君から、触られたい」
先輩が、俺の手を握った。
思わずビクリと、体を強張らせてしまう。
「……俺、から? 今、こうして先輩が俺を抱き締めて、手も握ったのに……それなのに、ですか?」
「うん、そう。君から、僕に。君の意思で、僕に触れてほしい」
ヤバい、と。脳裏にそんな単純すぎる言葉が、ピリッと奔る。
だってそんなの、よろしくない。先輩の【お願い】を投げられた俺は今、指先が冷えてしまいそうなほど驚いているのだから。
「そ、れは……っ」
俺は『自分が保守的な男だ』と、またしても思ってしまう。
先輩を守りたくて、先輩を守っている気になって、いつだって先輩を第一にしているつもりでいて……。実際のところ、俺の本心はなんなのだろう。
──本当はいつだって、俺は第一に【俺が傷付くこと】に怯えていたんじゃないか、なんて。……そんなこと、気付きたくはなかったのに。
いつも、怖かった。俺から先輩に触れることで、先輩が怯えてしまうのではないかと。それは当然『先輩を傷つけたくない』という気持ちだってあるけれど、それとは別に、もうひとつ。
……嫌じゃ、ないか。好きな人に、触れただけで怯えられてしまうなんて。
だから俺は、こうして回された腕に触れることすらできない。せっかく握ってくれたこの手を、握り返すことすらできていないのだ。
先輩を、守りたい。そして傷つけたくないと思うのも、本心だ。
だけどそれと同じくらい、俺は俺を守りたかったのかもしれない。……先輩の【お願い】をひとつ返事で了承できていないのが、なによりの証拠だ。
守りたい、守ってやる。そう言い続けていたくせに、結局のところ一番可愛いのは自分自身だって? ふざけるな、馬鹿者め。今なら、やったことはないがラップでディスッてやろうか、俺自身をな。
俺から、先輩に触れられない。俺の意思で、先輩に触れようとしていないと。……そう、先輩は気付いていたのだ。
「先輩、違います。俺はただ、先輩を……っ」
「大丈夫。分かっているよ」
先輩は依然として、俺の手を握っている。……握り返すことすらできていない、俺の手を。
「君は、僕を心配してくれている。……そうだよね?」
違う。本当は、全然まったく違うのだ。
本当はただ、俺自身が臆病者なだけ。『先輩を傷つけたくない』なんて、結局はそれらしい方便にすぎない。
本当はずっと、拒絶されることが怖かった。『先輩を守りたい』なんて言いながら、本心では【先輩が俺すらもを恐れること】が。ただそれだけが怖くて、不安で、嫌で……。
「僕はね、文一郎。君からなら、なんだって平気なんだよ。君から手を握られたって、腕を引かれたって、抱き締められたって」
「せん、ぱ……っ」
「初めて君から、事務所でキスをされたあの日から。君だけは、大丈夫なんだよ」
だから、と。先輩は、続けない。
ここから先は、先輩ではなく俺の番だからだ。
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