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続 4章【先ずは抱き締めさせてくれ】

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 言って、いいのだろうか。土壇場になって、悩んでしまう。

 本当に、今がその時なのか。誰かに俺たちの関係が知られたとして、それを【今の先輩が】どう思うのかが、分からない。

 兎田主任は、先輩にとって少し特別な立ち位置の人物だろう。そもそも兎田主任は人間が嫌いで、俺とは別の意味で周りに特別な関心を抱かない。そんな特殊な人だから、先輩にとっては例外なのだ。

 だが、幸三はそうじゃない。幸三は、俺たちと比べると普通のタイプだ。

 他人に関心がない俺とは、違う。恋愛が怖い先輩とも違うし、人間嫌いの兎田主任とも違った。
 そんな、先輩が恐れる【普通】を持つ相手に、先輩が心の柔らかいところを踏まれて。……果たして先輩は、平気でいられるのか。


「……じ、つは」


 ここにきて恥ずかしながら、緊張してしまう。情けなく口ごもってしまい、なかなか本題が切り出せない。

 すると先に、背後にいる先輩が口を開いた。


「──もしかして、竹虎君?」


 ズバリと言い当てられた俺は、反射行動かのように先輩を振り返る。すると、そこにあったのは……。


「竹虎君と今朝、内緒話をしてからだよね。子日君の様子が、おかしくなったのは。だから、なにかあったのかなって」


 実に、悲しそうな顔だった。

 さすが、先輩だ。目敏いではないか。
 すぐに先輩は、自身が悲し気な表情を浮かべている意味を教えてくれた。


「てっきり、竹虎君に告白でもされて……それで、子日君の気持ちが動いたのかと思──」

「──それはありえません」
「──そんな食い気味に」


 幸三のことは嫌いではないが、特別には思えないのだ。幸三よ、赦せ。告白もされていないが、俺はお前を振らせてもらう。

 しかし、先輩はそんな不安を抱えていたのか。それは申し訳ないことをしてしまったな。もう少し、先輩のネガティブ思考を理解してあげるべきだったぞ。

 ……だが、違う。こっちではなく、むしろそっちの心配をすべきなのだ。

 これ以上、先輩に不必要な心労はかけたくない。どうせかけるのなら、必要な心労だ。心の中で幸三を振ることで、俺はようやく決心がついた。


「幸三に、見られたんです。俺たちが職場で、キスしたところを」


 すぐに俺は、回された先輩の腕を見る。仮に右手首を掴んだら、なんと言えばいいのだろうと。そう、即座に考えてしまったからだ。
 しかし、先輩の左手は動かない。


「それを僕に言うか言うまいかで、君は悩んでいたの?」
「有り体に言ってしまえば」
「なるほどね」


 抱き着いたまま、先輩は黙っている。……そうされると、どうしていいのか分からないぞ。
 怯えているのなら、そちらに寄った対処を。なんとも思っていないのなら、杞憂だったのかと安堵をするだろう。

 だが、先輩は黙っている。笑いもせず、泣きもせず、怒りもせず、右手首も握らない。今の先輩がどんな心境なのか、表面を見るだけでは判断がつかなかった。

 しかし、ようやく。黙っていた先輩が、口を開いた。


「──ねぇ、子日君。……僕って、そんなに頼りないかな?」


 そんな、予想外の言葉を紡ぐために。




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