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続 4章【先ずは抱き締めさせてくれ】
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しおりを挟む先輩を振り返らずに、無視を選択。
あぁ、もう。なんだこれは、付き合いたてのバカップルか。死ね、俺が死ね。あぁ、馬鹿馬鹿しい。
幸三に対する失態を忘れたのか? いくら休憩時間が明けたばかりで周りがザワめいているとはいえ、これは良くない。……なにが良くないって、この状況でも胸をソワソワさせながら喜んでいる俺が、一等良くないのだ。
馬鹿げたメッセージを送った俺を呪え、この痴れ者が。しかし腹が立って、言葉も出てこない。子供のように『馬鹿。俺の馬鹿』としか、言葉が出てこないのだ。まったく、情けない。
……先輩は、変わっている。そして俺も、随分と変わってしまったらしい。その変化を、俺は『嬉しい』と思うと同時に『悲しい』と思っているのだろうか。
もう、前までの俺には戻れない。先輩への気持ちを知ってしまった俺はもう、前までの俺には戻れないのだ。
……けれど、いつか先輩が言っていたことだけは守り続ける。『悲しい』とは思っても、こうとだけは思わないのだ。
──『間違っている』とは、思わない。思うはずが、ないのだ。
* * *
そして、終業時間後。夜になり、俺の部屋にて。
「それで、話ってなにかな?」
上機嫌そうに訊ねる先輩から、俺はなぜか抱き締められていた。
床に座った俺の後ろに、先輩が座っている。先輩はニコニコと笑いながら俺の返事を待っているが、俺を解放しようとは思っていない様子だ。
「あの、先輩?」
「なにかな?」
「俺が背後から抱き締められる必要は、果たしてあるのでしょうか?」
なぜだろう。さらに、ギュッとされてしまった。
「逃げられないために、かな?」
答えてから、先輩が俺の肩に額を乗せる。
「子日君は時々、逃げるでしょう? だから、逃げられないように」
「俺から『話がある』って言ったのに、逃げるわけがないでしょう」
「じゃあ、僕が逃げないように」
腕の力は、弱まらない。
「話って、なに?」
それなのになぜか、声は弱々しくなっている。……そこでようやく、先輩がこの言動をするに至った理由にピンときた。
「……まさかとは思いますけど、もしかして【別れ話】だと思っていませんか?」
返事は、ムギュッ。……オイ、腕に力を込めるな。すかさず俺はため息を吐いた。
「先輩が『子日君と別れないと僕は幸せになれない』って言うなら、別れますよ。だけど、それ以外の理由で──俺の意思で別れることは、ありえません」
「本当に?」
「なんでそういうところはネガティブなんですか。……昼に『好きです』って言ったでしょうが」
なんと滑稽な状況だろう。どうやら俺のせいで、不安にさせてしまったらしい。
先輩を守り、先輩を幸せにするために、俺は『幸三が俺たちの関係を知ってしまいました』と打ち明けようとしたのに。その前段階で不安にさせていては、まったくもって意味がない。
気を取り直し、俺は口を開く。
「そうじゃ、なくて。……そうではなくて、ですね……っ」
伝えると、決意をしたはずなのに。
抱き締められたことによって感じる体温を前に、俺は言葉を詰まらせていた。
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