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続 3章【先ずは一番だと言ってくれないかな(牛丸視点)】
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しおりを挟む中を確認した後、子日君は一度だけ「あぁ」と、短く反応する。
「別にこのくらい、トリックだのトリートだのを言わなくても代わりにやりますよ」
「秋の雰囲気を楽しみたいじゃないですかっ!」
「それに、なにもなくただ頼むのも申し訳なくて……」
「なんでハロウィンを絡めたら頼みやすくなるんですか」
と言いつつ、子日君はなにかを了承していた。
「分かりましたよ。用意しておきますね」
子日君の返事を聴いた女の子たちは、嬉しそうにこの場を去って行く。
すぐに僕は、子日君に声をかける。
「どうしたの? 頼まれごと?」
「今日の会議で使うペットボトルの飲み物を用意し忘れたらしいです」
そう言って、子日君は女の子から受け取ったメモを見せてくれた。
子日君の言う通り、そこには会議の開始時間と用意してほしいペットボトルの本数が書かれている。おそらく、彼女たちは別件の用務で手が回らないのだろう。
なんとも理不尽な気もするが、子日君は気にした様子もない。作業途中のデータを保存し、それから立ち上がった。
「それじゃあ、先に買い出しを済ませてきます」
「一緒に行こうか?」
「一箱買えば十分ですので、大丈夫ですよ。それに、スーツを着た男が日中から『これ買ってぇ~っ!』と泣くのは、さすがに迷惑でしょう? ……俺に対して」
「僕ってそんなイメージなのっ?」
軽口を言えるくらい、子日君はなにも気にしていないようだ。僕に小さく会釈をした後、子日君は上司のデスクへ向かって歩いた。公用車の鍵を借りるためだ。
……子日君は、優しい。『助けて』と言われたら、迷わず『いいですよ』と言ってしまうくらい。
この事務所の人たちは子日君の優しさを知っているし、子日君なら大抵の悩みや問題を解決してくれることも分かっている。子日君は、素敵な人だ。
周りの人だって、助けてもらった分は子日君にお礼やお返しをしている。お菓子をあげたり、飲み物をあげたり。だからなにも、このやり取りはおかしくないのだ。
……だけど。それでも僕は時々、考えてしまう。
──『子日君の優しさを、独り占めしたい』と。
子日君が誰かに優しくするのならその分、僕にも同じだけの優しさを注いでほしい。いつどんなことであろうと、子日君の一番は僕でいたいのだ。
……なんて我が儘で、なんて気味の悪い感情だろう。こんなこと、子日君本人にこそ言えやしない。きっと彼は簡単にそれを叶えてしまうから。
自分の気持ちなんて二の次にして、彼は僕の願いを叶えてしまう。僕に好意を寄せてくれていたのに、それを隠していた時のように……。
ならば、僕はどうだろう? 子日君からの願いを、ひとつ返事で受け入れたとして。……叶えられるの、だろうか。
子日君が、上司から鍵を借りた後、事務所から出て行く。その姿を見送った後、僕は頬杖をついてぼんやりとパソコンを眺めた。
なんだか、朝から情けない気持ちだ。僕と子日君は、こんなにも違う。
……それでも僕は、子日君を手放したくはない。それがまた、情けなかった。
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