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続 2章【先ずは想いに上限を設けてくれ】
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しおりを挟むそれにしても、本当に平和だ。
仕事の量は、そこそこ。『暇だ』と体を伸ばすほどでもなく、それでいて『手が回らない!』と喚くほどでもない。実に穏やかな業務風景だろう。
こんな日は、コーヒーを飲みながらのんびりと仕事をしたいものだ。せっかくだし、先輩の分も用意してあげようか。
……なんてことを思いつつ職務に励んでいると、突然。俺と先輩のデスクの間に設置されている電話が、音を鳴らし始めた。
この音は、内線だ。まぁ内線だろうと外線だろうと、電話を先に取るべきなのは後輩である。俺は受話器に向けて手を伸ばし、すぐに通話へ応じた。
「はい。商品係、子日です」
『よっ、ブン! オレオレ──』
ガチャンッ、と。
……ふぅ、まったく。今のご時世、ついにオレオレ詐欺は外線だけではなく内線も駆使してくるようになったのか。末恐ろしい世の中になったものだ。
隣に座る先輩は笑顔のまま小首を傾げ、挨拶とほぼ同時に受話器を下ろした俺に「どうしたの?」と訊いてくるが、わざわざ『オレオレ詐欺にご注意を』と説明する必要もないだろう。
それでも先輩に返事をしようとしたら、またしても内線電話がかかってきたではないか。
……まぁ、そうだな。いくら平和だからと言って、あまり同期で遊ぶのはよろしくないだろう。ちょっとふざけすぎたな、反省だ。言ってはやらないが。
俺はすぐに受話器を持ち上げ、オレオレ同期の要件を聴こうとして──。
「はい。商品係、子日です」
『よう、ネズミ野郎』
「ひえっ」
──別種の恐ろしいものと、電話越しに邂逅してしまった。
なっ、なぜだっ! なぜこの一瞬で相手がすり替わった! これなら同期にカモられる方がマシだぞ! まさか幸三の奴、初めから兎田主任と一緒に行動してたのかっ?
なんてことを一瞬で考えるも、どうやらそれは違うらしい。電話のディスプレイに表示されているのは、先ほど幸三からかかってきた電話とは違うのだから。
どうやら純然たる偶然で、幸三と兎田主任が俺に要件を話そうとしていたらしい。俺は受話器をしっかりと持ち直し、声を潜めた。
「お、おはようございます……っ」
『あァ? ……あぁ、朝か』
昼夜が逆転しているのか、電話越しにいらっしゃるバケモノ──もとい、兎田四葉主任は俺からの挨拶で、現在時刻をおおよそ把握したらしい。なんで朝かも分からないで電話をかけてきたんだ、この人は。
『まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ。テメェに仕事だ』
「はい。なんでしょうか?」
『可及的速やかにデータ化しなきゃならねぇ商品ができた。俺様は仮眠室に移るから、テメェはそこまで取りに来い』
「それは構いません、けど」
チラリと、俺は隣に座る先輩を見た。
「俺でいいんですか?」
『あァ? どういう意味だよ』
「いや、うさ──主任的には、俺よりも先輩に来てもらった方がいいんじゃないかな、と」
なんだかんだで、兎田主任にとって先輩は同期だ。人嫌いなこの人からすると、俺と会うより先輩と会う方が精神的に楽なのではないかという配慮のつもりである。
……決して、俺が兎田主任に会うのが怖いとか。そういうことじゃなく、あくまでも兎田主任のためを想っての発言だぞ。そこの人、誤解しないように。
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