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最終章【先ずは好きだと言ってくれ】
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しおりを挟む先輩のことを無視すると、もう何回聞いたか分からない言葉を言われた。
「あれっ? なんだかご機嫌だねっ」
なにも変わっていない、俺と先輩の関係。
先輩が恐れる【好意】を向けている相手が、俺だと言うのに。先輩は本当に、俺からの【好意】は平気なのだろうか。
……などというマイナス思考も、後で裁断機行きだ。
決して、俺たちの関係は順風満帆で良好なものとは言えないだろう。
先輩はまだ、恋愛に対するトラウマを克服できていない。俺も俺でまだ、周りが提唱するような【恋人関係】を理解できていなかった。
恋愛が怖い先輩と、恋愛がイマイチ掴めていない俺という組み合わせ。これはこれで、案外丁度いいバランスなのかもしれない。……そう思う俺はやはり、どこか弱気なのだろうか?
……だけど、変な気持ちだ。
──『それでもいいか』と、今は晴れやかな気持ちでいっぱいなのだから。
相変わらず的外れなことを言う先輩に、俺は渋々目を向けることにした。
俺は先輩を振り返って、それから……。
「──腹が立っているって分からないんですか?」
──思わず、破顔してしまった。
先輩が変わらないなら、俺も変わらない。俺も先輩と同じく、もう何回言ったか分からない言葉を返した。
……瞬間。
──なぜか先輩が目を丸くするのと同時に、事務所内がザワついた。
「おいっ、今……子日は笑った、のか……っ?」
「嘘だろ、あの子日が……っ?」
「子日・アイアンマン・文一郎が、笑った、だと……っ?」
などと、よく分からないことを言って周りの職員が騒いでいる。
周りの騒ぎには特に関心を向けず、俺はパソコンに向き直ろうとした。
……いや、待て。【子日・アイアンマン・文一郎】ってなんだ。初耳だぞ。
……だけどまぁ、いいか。ちょっとカッコ悪いのは癪だが、まぁいい。
俺は気持ちを切り替え、パソコンに向き直る。
「子日君っ!」
……前に、先輩が椅子のキャスターを滑らせて、自分の椅子と俺の椅子をぶつけてきた。
「うわっ! えっ、なんですかっ?」
まさか先輩が、あの幸三みたいなことをしてくるとは。予想外すぎる行動に驚いた俺は、パソコンに向けようとしていた視線を先輩に向ける。
椅子をぶつけてきた先輩は、なぜかプルプルと震えていた。
「先輩? どうかしましたか?」
「今、の……っ」
「『今の』って、椅子同士の衝突ですか?」
「そっちじゃなくてっ!」
先輩は声を震わせながら、俺を見上げる。俺に向けられたその頬がどことなく、赤くなっているように見えた。
「今の顔、もう一回……っ!」
「はっ? 顔、ですか?」
「『はっ?』じゃなくて! 君の笑顔だよ、笑顔っ! これはセックスよりも重要なことだよ、子日君っ!」
この人に、セックスよりも重要なことなんてあったのか。驚愕だ。
「お願い、子日君っ! もう一回っ! もう一回お願いしますっ!」
こんなに真剣な先輩、もしかすると初めてかもしれない。俺も先輩の方に体ごと向き直って、真剣な表情をする。
嗚呼、神様──。
……は、もうやめようか。
それにしても、本当に困った人だ。この人はどうして、それよりも重要なことを言ってくれないのだろう。
だけどそれはきっと、俺が素直に言わないと伝わらないのだ。
「先輩」
「うんっ!」
先輩が、キラキラした瞳で俺を見ている。
セックス云々よりも。『もう一回笑って』と頼まれるよりも、ずっと。
──先ずは『好きだ』と言ってくれたら。
──望み通りいくらでも抱かせてあげるし、見飽きるほど笑顔にだってなってやるのに。
「──はははっ」
「──違うよっ! そうじゃないんだよ子日君っ!」
俺がそう素直に言えるのはきっと、もう少し先の未来だろう。
最終章【先ずは好きだと言ってくれ】 了
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