先ずは好きだと言ってくれ

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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8章【先ずは想いを聴かせてくれ】

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 俺はしっかりと顔を上げ、背筋を正して歩き始める。二人の前を、何食わぬ顔で通りために。
 すると、話題の人物が突然現れたことに驚いたのだろう。先輩と兎田主任は、俺を見て黙った。

 ──よし、効果ありだな。作戦名は、名付けて【自爆テロ】だ。

 ……いや、それは笑えない。わりとマジで。

 俺は今までの会話は聞こえていなかったふうを装って、二人のそばを通過しようとする。……よしよし、いい調子だ。このままなら、なにも起こらずに通過できるぞ。
 ほとんどそう確信した、その瞬間──。


「──よう、ガキ。会いたかったぜ?」


 ──兎田主任に、突然頭を掴まれた。

 何食わぬ顔で通ろうと思っていただけなのに、どうして突然捕まってしまったのだろう。
 そもそも普通、会話の中心人物が登場したら気まずくならないか?

 なんて俺の叫びは、当然兎田主任には通用しない。俺は否応無しに、長身の兎田主任を見上げる形になってしまう。


「なっ、なんですか……っ?」
「随分とひでぇツラになったな、ガキ。イメチェンか?」


 『イメチェン』だって? ……さっき幸三にも言われた、目の下のクマのことを言っているのだろうか。

 兎田主任とは目が合うようで、なぜか合わない。それは俺が、兎田主任から目を逸らしているから。……睨まれて、正直なところ若干、怖いからだ。
 それでも兎田主任は、楽し気な様子で言葉を舌に滑らせる。


「この前はもう少しマシなツラだったろ? それに、前はこっちの目をちゃんと見ていた。テメェは健康と礼節をこの数日で紛失したのか? それとも、それがテメェなりの礼儀なのか? あァ?」


 口の端を少し上げて、兎田主任が俺を見下ろす。
 それを見て、先輩が兎田主任に声をかけた。


「主任君、やめて。彼を放してあげてよ」
「は? なんでテメェにそんなこと言われなくちゃならねぇんだよ」
「いたっ!」


 俺の頭から手を離すように言ってくれた先輩の言葉に、腹が立ったのだろう。兎田主任は、俺の頭を掴む指の力を強くする。それのせいで、こめかみや頭に兎田主任の指が食い込んだ。
 俺は思わず、痛みに顔を歪めた。それを見た先輩は、慌てて声を張り上げる。


「うさ──主任君っ!」
「ハッ! これはなかなか、愉快な状況じゃねぇか。……相変わらず、肝っ玉のちいせぇ男だなぁ、ウシぃ?」


 指の力は、そのままに。兎田主任は先輩を、愉快そうに見ていた。


「──テメェはいつもそうだった。奪い取る度胸もないくせに、口先だけはいつだって軽薄で達者だよなぁ?」
「「──ッ!」」


 その言葉に反応したのは、先輩だけじゃない。兎田主任に頭を掴まれている、俺もだ。
 今、先輩にその手の会話をしないでほしい。そう思った俺は、兎田主任の顔をしっかりと見つめた。


「兎田主任。……やめて、ください」


 あえて、名前を呼ぶという地雷を踏んで。そうして、兎田主任の意識を、俺の方に向けさせる。

 ──先輩は、傷つけさせない。

 ──今度こそ俺は、先輩にとっての【優しい奴】でい続ける。

 そう誓った俺に対して案の定、兎田主任は食いついた。




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