先ずは好きだと言ってくれ

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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7章【先ずは変わらせてくれ】

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 七時頃はまだ、事務所内にもまばらに人がいた。

 だが、かれこれ三十分ほど前から、俺と先輩は二人きりだ。特に会話もなく、淡々と作業をしていただけ。
 それでも、俺は妙に緊張してしまっていた。

 そんな中幸三が来てくれて、実はほんの少しだけ助かったりもしたのだが。頼みの綱であった幸三も、先輩に脅されていなくなってしまったではないか。またもやなんとなく、気まずい空気になる。

 だが、この状況は俺が好きで作ったわけではない。
 そもそも先輩はいつも、忙しくたって俺に話しかけてくる。それなのになぜ、先輩は今この状況で俺に話しかけてこないのだろう?

 ……そう、先輩がおかしい。この沈黙は、どう考えても先輩のせいだ。事務所には二人だけなのだから、むしろ話しかけやすいはずだぞ?

 ……いやいや、これでは待っているみたいではないか! 好意っていうのは本当に厄介だ。おかしくなってしまいそうだぞ。

 頭の中でグルグルと、先輩のことを考える。
 すると突然、黙っていた先輩が口を開いた。


「随分、竹虎君と仲が良いんだね」


 ……はっ? なんでわざわざ、そんな話題を?
 突然の奇妙すぎる話題に、なぜだか妙にソワソワしてしまう。

 それでも俺は、あくまでもなんてことないように。


「三年間ずっと隣同士だったんで、嫌でも仲良くなりますよ」


 興味がないように、素っ気なく返事をする。それを聞いて、封筒に資料を入れていた先輩の手が、ピタリと止まった。

 ……なんだ? なんで先輩は、作業を止めているのだろう? 幸三を揶揄った俺が言えることではないが、作業の手を止めるのは感心しないぞ。
 隣にいる先輩へ、視線を向ける。


「……隣同士、だったから?」


 いつの間にか先輩は、資料ではなく俺を見ていた。
 先輩に視線を向けたことで、俺と先輩の目が合う。


「隣同士の僕とは、そんなふうになろうとしてくれないのに?」


 先輩の目を見て、ザワザワと胸が騒ぐ。

 ──なんでそんな悲しそうな目で、俺を見る?

 ──なんて目で、俺を見るんだよ。

 まるでそのセリフは、ヤキモチのようで。ほんの一瞬だけ浮かれたりもしてしまったが、すぐに平静を装う。

 分かっている。先輩は、俺に嫌われている現状が大切だって。【特別】を持っていない俺を、失いたくないだけなのだ。
 だから、妙な目で俺を見ないでほしい。

 ──俺には、好きになってほしくないくせに。


「毎日、顔を合わせるたびに『セックスしよう』って言ってくる人と、仲良くなれるわけないじゃないですか」


 声が、震えそうだ。俺は視線を逸らして、作業に戻る。『目は口程に物を言う』とよく言うが、俺は純粋にそれを恐れた。
 俺の視線から【戸惑っている】ということを、先輩には気付かれたくない。

 ──もしかして、ヤキモチか?

 ──この数日でトラウマを克服してきて、先輩は俺を?

 思わず、そんな期待をしてしまう。そんな浅ましい俺を、先輩には見られたくなかった。


「そっか」


 先輩が、どんな表情をしているのか。それを見て確認する勇気すらも、俺にはない。
 声だけではなく、変な期待と緊張感で、手も震えそうだ。それでもなんとか平静を装って、資料を詰めるという単純作業を続ける。

 しばらく、妙な緊張感のまま沈黙が続いた。
 そんな中、俺の心臓だけが早鐘を打っている。

 ……訊いてもいい、のか? 先輩に『今のは、ひょっとしてヤキモチですか?』と。
 それとも『どうしてそんなことを気にするんですか?』くらいなら、訊いても不自然じゃないか?

 モヤモヤと考えていると、突然。

 ──先輩の手が、俺の方へと伸びてきた。




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