76 / 251
7章【先ずは変わらせてくれ】
4
しおりを挟む定時を過ぎて、数時間後。俺と先輩以外はみんな帰ってしまい、この仕事を頼んできた係長さえも帰った頃。
俺と先輩の間には、沈黙が続いていた。
最後の会話は、なんだったか……。……あぁ、そうだ。思い出した、思い出したぞ。
『──先輩と一緒に残業とか、超過勤務だけじゃなく特別手当も欲しいところですね』
『──特別な手当かぁ。……あっ、ホテルの宿泊代とか?』
これだ。……どつくぞ、この色情魔。
俺が無視をしたことにより、お互い黙っている今の状況。そんな沈黙を破ったのは、特に意外でもないアイツだった。
「──オーッス! 珍しいな、ブンと牛丸サンが残業なんて!」
ゆき、なんとかさんが事務所に入ってくる。
「ブン? お前今、オレに対して失礼なこと考えなかったか?」
ヤダ、この人怖い。
俺は持っていた資料一式を封筒に入れて、乱入者を見上げる。
「そっちこそ、こんな時間にどうしたんだ?」
「なんだと思──」
「忘れ物のついでにこっちの事務所を覗いて俺を見つけたのな」
「もう少し遊んでくれよ!」
どうやら正解のようだ。幸三はガックリと肩を落として、俺の後ろに立った。
俺たちは今、二人でなんとか半分以上の数を封筒に入れ終わったところだ。俺は一度手を止めて、後ろに立っている幸三を振り返った。
「手伝いに来たのか?」
「まっさか~! 冷やかしだよ、冷やかし!」
「そうですか。ところであなた、誰でしたっけ」
「手のひら返しが早いぞブン!」
手伝う気がないのなら、構うだけ時間の無駄だ。俺は幸三から視線を外し、資料を封筒に詰める作業へ戻る。
それを見ていた先輩が、幸三に話しかけた。
「竹虎君、近いうちに出張があったりしないかな? 合同企業説明会みたいな内容で」
「あぁ、あるッスよ! 土曜日なのに、面倒ッスわ~」
「そうだよね。……あのね、竹虎君。その時に渡す資料が、コレだから」
先輩が『コレ』と言いながら、俺たち二人で資料を詰めた封筒を指で指す。
笑顔で先輩に返事をしていた幸三だったが、それを見た瞬間、ピシリと表情が固まった。
先輩はそんな幸三を見上げたまま、ニコリと笑う。
「千部だから、頑張ってね?」
「……せ、ん……?」
「僕も来場者相手に必死で配った時期があってね。ふふっ、懐かしいなぁ」
いや、つい三ヶ月前まで営業部だったじゃないか。『懐かしい』って言うほど昔のことではないと思うぞ。
しかし、先輩はその苦行を好成績で乗り切ったのだろう。そこまで推測できたらしい幸三は、口の端をピクッと上げた。
そしてそのまま俺たちに、クルリと背を向ける。
「──お疲れ様でしたーッ!」
「──現実から目を背けるなよ」
封筒の山から逃げるように、幸三は事務所から走り出してしまった。
現実逃避を止めようと思ったが、幸三の逃げ足は速い。それは、兎田主任の件で立証済み。幸三はビュンと駆け出し、秒でいなくなってしまった。
「あらら。不必要に脅かしちゃったかな」
先輩はそれでも、ニコニコと笑っている。
そしてまた、俺たちは二人きりになった。
20
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい
中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる