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7章【先ずは変わらせてくれ】
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しおりを挟む先輩は【好き】が怖い。……そんなことは、分かっている。大丈夫だ。
だから先輩は誰も好きにならないし、好きにもなられたくない。……それも十分、分かっている。大丈夫だ。
そんな中、俺は……先輩のことが好き、らしい。……分かっている、もう観念して認めた、大丈夫なはず。
つまり、この三つを合わせると……こうなる。
──【俺は先輩が好きだが、先輩は俺を好きにはならないし、俺の気持ちを怖いと思う】ということ。
……はぁっ? なんだよそれ、しんどさしかなくないか?
そんな相手と、隣同士で仕事をする。そこから予報される心模様は【豪雨】だけだ。
先輩との残業を終えた、翌週のこと。俺はフラフラと覚束ない足取りで、自分のデスクを目指していた。
俺はいったい、先輩のどこを好きになったのだろう。そう、二日間ずっと考えていた。
そして思い当たったのは、ひとつだけ。
「──おはよう、子日君。一昨日は激しかったねっ」
……顔、だよな? 中身じゃないだろ、うん。
レイプされかけた時のあの嫌悪感は、いったいなんだったのか。俺は自分で【子日文一郎】という生き物が、心底不思議だった。
「えぇ、そうですね、おはようございます」
「なんだか元気がないね。どうかした?」
俺は椅子に座り、虚ろな瞳で先輩を振り返る。
「すみません。ちょっと、夜通し花占いに思いを馳せていまして」
「へぇ、可愛いね? ちなみに、なにを占おうとしていたの?」
「先輩を殴る、殴らない、殴る、殴らない。……殴る、殴る、殴るって」
「途中から一択になってるよ?」
「えぇ、不思議と。だから、考えることをやめました」
土日の俺は、完全に迷走していた。しかしそれでも、俺は現状を再認識したりもしたのだ。
仮にこの気持ちを隠し続けた場合、当然報われない。
けれど、先輩の【特別】ではいられるのだ。
この関係が続くのなら、それも悪くないのかもしれない。……なんて、随分と弱気な結論にはなったけれど。
好きとバレなければ、先輩はずっと笑っていてくれる。きっと、何回でも話しかけてくれるだろう。俺から構わなくても、先輩から構ってくれるのだ。
だったら、それで十分じゃないか。この【先輩にとっての特別】な関係を手放してまで、知ってもらいたい気持ちじゃない。
「だけど、夜通し僕のことを考えてくれていたってことだよね? ふふっ、嬉しいなぁ」
そう言って、先輩は笑った。
……隠す隠さない以前の問題なのは、百も承知。俺の気持ちなんて、先輩にとっては迷惑でしかないのだ。
先輩の笑顔が好きなのに、笑顔を向けられると胸が苦しい。ドキドキした気持ちと、拒否されている悲しさが同時に来るからだ。
……誰か、どうにかしてくれよ。
「先輩のことなんか今の今まで忘れていましたよコンチクショーめ」
「えっ! だってさっき──」
「今日はもう話しかけないでくださいね。はい、スタート」
「あれっ? もしかして僕、君を怒らせちゃったのかなっ?」
俺は先輩にとって、安心できる唯一の存在。……だけど、本当は違う。
──先輩が一番怖がるべき存在こそが、俺なんだ。
……俺は、先輩が、好き。先輩が好きで好きで、堪らない。
「えっと、あっ、コーヒーでも淹れようか? 子日君はブラックだよね」
──なんで知ってるんだよクソがッ!
──えぇそうですよッ! 知っていてくれたんですねッ!
同時に浮かんだ天使と悪魔的な言葉に、俺は頭を抱えた。
頭を掻きむしり、俺はデスクにガンと強く頭を打ち付ける。
「クソがッ!」
「どうしたの子日君っ!」
先輩が、誰のことも好きになれないのなら。……世間一般で言う【好き】に近い存在で俺が在り続けられるのなら、この関係が続くのも悪くはない。
なんとなく思ったことを、俺はもう一度、深く思い直してしまった。
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