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6章【先ずは感情を奪い取ってくれ】
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しおりを挟む俺は先輩のデスクに身を乗り出したまま、先輩のパソコンをカチカチと操作する。
なぜか先輩は両手を上に上げて、まるで『痴漢していません』と言いたげなポーズをしていた。
「あっ、あの、子日君っ? えっと、あの……こっ、腰、細いねっ?」
「言うに事を欠いてなんですか、それ。と言うか、どこ見てるんですかこのヘンタイ。外の焼却炉に放り込みますよ」
「極刑がすぎるよ! って言うか、君はいったいなにをしているのっ?」
俺は先輩のパソコンで、先輩が使っているメール画面を開く。そこから、先輩に整理するよう割り振られた顧客データのメールを発見する。
そのまますぐに、そのメールを俺のメールに転送した。
「えっ、子日君っ? なにして──」
「兎田主任の仕事をしていたら、こっちの仕事が進まないでしょうが」
「それはそうだけど、でも、えっ?」
「これが今日中にできないと困る人がいるんですよ」
俺は体を起こし、自分のデスクに戻る。
メール画面を開くと、先輩のアカウントからメールが届いていた。中身は……よし、大丈夫だ。欲しいデータは全部あるな。
一人で作業を進める俺を見て、先輩は慌て始めた。
「それは大丈夫だよ、子日君。僕が明日までには終わらせるから」
相変わらずのドマゾ──ではなく、自己犠牲精神愛好家だ。この愉快さに免じて、思わず先輩を八つ裂きにしたくなってしまうじゃないか。
俺はため息を吐き、先輩に目を向ける。
「隣に座る職員が仕事を頑張っていると知っている中、先輩は俺に『頭にネクタイを巻いてこい』って言いたいんですか?」
いい加減、変な発禁展開ではなく俺が張った伏線に気付いてほしいものだ。
なんのために俺が日中、先輩に【顧客データの整理作業】ではなく【兎田主任からの仕事】を優先させたのか。
俺は、兎田主任が置いていった資料に手出しできない。
だけど、もうひとつの仕事は別だ。
顧客データの整理作業なんて俺が──誰がしたっていい作業なのだから。
「先輩が納得してくださるような理由なんて、いくらでも思いつきますよ。『欲しい物があるから、残業代から費用を工面したい』とかね」
俺はそれだけ言い、パソコンの画面に目を向けた。そのまま、今しがた転送したメールに書かれた作業と、それを保存すべきデータが入っているフォルダを確認する。
……さすが先輩だ。昨日と一昨日で、かなりの進捗じゃないか。これくらいなら、日付が変わる前にはなんとか終わらせられそうだ。
もしかすると先輩は、兎田主任からの仕事さえなければ他の職員の手助けをしようとしていたのかもしれない。……馬鹿な偽善者だ。もっと自分勝手になればいいのに。
すると、先輩からの視線がまだこちら側に向いていると気付く。視線を投げると、先輩と目が合った。
その表情は、いつものような笑顔ではなくて。
「──どうしていつも、君は僕を助けようとしてくれるの?」
どこか、悲しそうで。
──そんな顔をさせたかったわけではない俺としては、腹立たしいことこの上なくて。
「前にも言ったじゃないですか。先輩は会社の在籍年数的には俺の先輩ですけど、この係では俺にとっての後輩だって。後輩の面倒を見るのは先輩の務めでしょう」
と言っても、先輩の表情は晴れない。
どうやら、ちっとも納得はおろか、理解すらしていないようだった。
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