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6章【先ずは感情を奪い取ってくれ】
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しおりを挟む他の係や課が乱雑に保管している顧客データを半年に一度、綺麗にまとめる。
それと同時に、新旧関係なく商品のデータも整理整頓をするというのが、この時期。
顧客のデータと、顧客が求めた商品のデータ整理。それこそが、上司の言っている【顧客データの整理作業】だ。
俺は脳内で幸三をボッコボコにしつつ、先輩に俺が作っておいた引き継ぎ書を見せつつ説明する。……勿論、隙あらば顔を近づけてこようとする先輩には鋭い眼光を向けた。
先輩は俺の説明を理解した後、背後に立つ上司を振り返る。
「その作業量って、具体的にはどのくらいなのですか?」
「係総出で三日以内!」
「期限付きの作業、ということですか」
「そうだぞ! 三日以内にできないと課長の機嫌が急転直下する!」
先輩は妙に無邪気な笑みを浮かべて「おぉ~っ」と感嘆の声を上げた。素直すぎる先輩の反応を見て、上司は満足そうだ。ふむ、さすが先輩だな。上司への対応も完璧だ。
しかしもしかすると、先輩はほんの僅かでもこの作業に不安を抱えたかもしれない。思わずそんなお節介を抱いてしまった俺は、上司の説明に言葉を足す。
「そうは言っても、就業時間中に死に物狂いで作業をすれば、おおよそ残業をしなくても大丈夫ですよ。このタイミングで企画課が大量のデータを持ってさえこなければ、全然余裕です」
仕事は違えど、同じ会社で働く仲間だ。この三日間が商品係にとって繁忙期中の繁忙期だということは、企画課だって分かっている。
ゆえに、残業の心配はなし。就業時間中だけ『自分はキーボードを叩くだけのロボット』と暗示をかけられれば、なんだかんだと余裕の作業だ。このデータ整理作業のいいところは、家に帰ると死んだように眠れることだな。
俺の補足説明を聴いて、先輩は微笑んだ。
「そうなんだ。……それは、少し残念だなぁ」
「『残念』ですか? なにがでしょう?」
定時帰宅できるのならば万々歳ではないか。当然の疑問を口にすると、先輩は柔らかく微笑んだ。
「──残業しなくちゃいけないほど忙しいなら、子日君は僕から強制的に離れられなくなるでしょう? そうだったら嬉しかったのになぁって」
さすがに、この切り返しは予想していなかった。心臓が一度、ズンッと気味の悪い鼓動を打つ。
なんて嬉しそうな顔で微笑むのだ、この弱虫は。俺はギュッと眉を寄せて、普段と同じく冷静に対応する。
「そんなに残業がしたいのでしたら、お一人でご自由に」
「相変わらずつれないなぁ。そんなところも堪らないけど」
この前は情けなく泣いていたくせに、よく言う。
俺と先輩のやり取りを見た上司は、なぜだか父親のような表情で俺たちを見ていた。やめてくれ。俺は嫁になんか行かないぞ。無論、先輩を嫁にもらうつもりもないからな。
「まぁ、そんな感じだ! 朝礼が終わった後に各自作業が振り分けられるから、ちゃんと確認するように! ……それと、牛丸。この三日間はあんまり子日とイチャイチャできないだろうが、泣くなよ」
「はいっ、承知いたしましたっ! それじゃあ二日後、苦楽を共にした子日君を優しく抱こうと思いますっ!」
「おぉ~、微笑ましいな~!」
──どこがだ!
だがもう、この係の職員に【俺と同じ価値観】を求めることは諦めた。俺は先輩のデスクから離れ、自分のパソコンに向き直る。
上司も上司で先輩を驚かせることができたから、満足したのだろう。ふんふんと鼻歌を歌いながら、自分のデスクへ戻っていった。
「また子日君と共同作業ができるなんて、勃っちゃいそうだよ」
「俺で良ければその欠陥品、へし折りましょうか?」
「怖いよ、子日君……っ!」
これはもう、一種の病気だな。
──病名【俺を口説かないとニコニコできない病】。……うぅん、そのまますぎるか?
まぁそれでも、他の人を口説かなくなったのは成長かもしれない。なんだか感慨深いな。不思議と。
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