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6章【先ずは感情を奪い取ってくれ】
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しおりを挟む先輩は、初対面の相手を口説かなくなった。
しかし相変わらず、俺のことだけは性懲りもなく口説いてくる。
ならば俺は、どうしたらいい?
──先輩の口説きに応じて、サクッと抱かれてやるか?
そんなことをしたら、きっと先輩は傷付く。
──今までと同じように、先輩に暴言を吐けばいいか?
守ってあげたいと思っている相手に暴言を吐き続けるなんて、性根が腐りそうだぞ。
だが、俺にできることは結局、一択のみ。
「顎に指を添えないでください、不愉快です」
「それじゃあ、どこにだったら指を添えていいの?」
「そうですね。お巡りさんを呼んできますので、手錠にでもどうぞ」
「今日も子日君は酷いなぁ」
先輩には、冷たく接する。そうするたびにほんの少しだけ胸がスッとするのだから、不思議だ。
だが。……それと、同じくらい。
──胸の辺りがチリチリと痛痒いが、これはいったいなんなのか。
それにしても俺はいったいいつまで、先輩のことで悩んでいたらいいのだろう。
……まぁ、それもこれも結局、俺が好きでやっていることだけれど。
* * *
どれだけ俺自身が精神的にてんやわんやしていようと、仕事は容赦なく降り注ぐ。
「──ついにきたぞッ、この時がッ!」
一人の職員が突然、高らかにそう発言した。
俺の後ろで腕を組んでいるのは、俺たちの上司だ。
『あぁ、確かにもうそんな時期ですね』と。俺の返答はこれだけなのだが、上司の求めている返答は別のもの。
これはおそらく、なにも知らない先輩から『なにがですか?』と言われたいのだろう。隣に座る先輩を見やると、案の定小首を傾げている。
「なにがですか?」
「その言葉を待っていたぞ!」
上司は組んでいた腕を解き、先輩に向かってビシッと指を指す。……なるほど。こういう恋愛が絡まない【困りごと】では、右手首を掴まないのか。
なんて、圧倒的に他人事な気分で話を聞いていると、上司はもう一度腕を組んだ。
「うちの商品係には明確な繁忙期があまりない! 精々、決算時期と季節の変わり目くらいだな!」
「結構ありますね」
「だがな、牛丸! そんな中でもこの時期! 我々商品係は身を粉にして働かなくてはいけないのだよ!」
「それは、つまり?」
律儀に上司へ相槌を打つ先輩へ向かって、上司はなぜだか誇らしげに胸を張った。
「顧客データの整理作業だよ!」
先輩は笑みを浮かべたまま、今度は反対の方向に小首を傾げる。……なんだよ、ちょっと可愛い動きじゃないか。
と思った俺を脳内で蹴り飛ばし、俺はデスクにある引き出しに手を伸ばした。
「幸三からの引き継ぎ書にも書いてあったと思いますけど、短期間で膨大な量のデータを整理しないといけないんです。それが夏と冬に一回ずつあって、今がその時期なんですよ」
「そんなこと、引き継ぎ書に書いてあったかな? 竹虎君から貰った引き継ぎ書はコピー用紙両面印刷一枚分だったから、見落とすはずがないんだけど……」
「──なるほど、分かりました。参考資料として幸三のシナプスやら海馬やら脳髄やらを引きずり出してきますので、少々お待ちください」
「──待って待って! えっと、僕は子日君から教わりたいなぁっ!」
アイツは異動した後も俺に面倒ばかり持って来るな。
俺は自分だけではなく、幸三のことも脳内で蹴飛ばした。
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