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5章【先ずは守らせてくれ】
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しおりを挟む午前の勤務時間が終わって、昼休みになる直前。俺と先輩のデスクの間にある電話が、内線がかかっていると着信音で知らせた。
データ入力のキリが悪く、受話器を取るのに間が空いてしまう。すると俺の代わりに、先輩が受話器を持ち上げた。
「はい、商品係牛丸──主任君?」
その呼び方は、恐らく──と言うか確実に、兎田主任だろう。なんとなく心配になって、先輩の方を見る。
「うん、うん。……分かった、すぐに行くね。……えっ、ヤダな。本当は僕一人で行きたいけど、それだと渡してくれないでしょう?」
なんだか、揉めていそうな気配だ。
「そっちだって商品を出したいよね? だから、これは折衷案だよ。お互いに妥協しよう」
お互いの主張がどこかで落ち着いたらしく、先輩は受話器をもとの位置に戻して、通話を終わらせた。
電話のディスプレイを見ていた目が、俺を映す。たったそれだけで、胸の辺りがソワソワする。……が、それはそれ。これはこれだ。
兎田主任に、いったいなにを言われたのだろう。俺の言いたいことに気付いたのか、先輩はニコリと笑った。
「子日君に頼まれた資料の手直しが終わったって、兎田君から」
なるほど、そういう話か。
「そうなんですね。じゃあ、取りに行ってきます」
仕事は、迅速に。早速取りに行こう。
俺が立ち上がると同時に、先輩も立ち上がった。
「……えっ。あの、先輩?」
「うん、なに?」
お互いに、立ち上がったまま動かない。
顔を合わせると、先輩が不思議そうに小首を傾げる。
それと同時に、昼の十二時を告げるチャイムが鳴った。
「先輩、昼休憩ですよ。食堂かコンビニに行かないんですか?」
「えっ? だって子日君、兎田君のところに行くんでしょう?」
「俺はそうですけど。……えっ?」
「えっ?」
なんだか、会話が噛み合ってない気がする。
……まさか、もしかして……?
「──ついてきて、くれるんですか?」
「──一人で行くつもりだった子日君にビックリだよ」
……駄目、だ。胸がまた、ザワザワと騒ぎ始めている。
こんなときのための【精神安定剤】を、俺はポソポソと口にした。
「俺は先輩が嫌い。俺は先輩が苦手。俺は先輩が憎たらしい……」
「えっ、ちょっと、えっ? 子日君、えっ?」
「先輩はヘンタイ、ドマゾ、どうしようもない男……。……よし! もう大丈夫です!」
「なにがっ?」
先輩への気持ちを口にすると、徐々に心が落ち着いていく。ヘイト感情は心を悪にすると思っていたが、存外気分が良くなることもあるらしい。
「先輩、これは俺の仕事ですよ。だから、先輩は気にせず昼休憩に向かってください」
「それは駄目。子日君はどこに行くにしたって、僕と一緒じゃないと駄目なんだよ。……あっ、勿論イくときも──」
「その言い回しやめろくださいませんかねクソが」
「本音が出てるよ、子日君っ!」
先輩がショックを受けていたが、そんなことはどうだっていい。
先輩の笑顔が、憎たらしくて仕方ないのだから。
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