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3章【先ずは優しさで包んでくれ】
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しおりを挟む諦めに似た感情を抱いたまま、俺は先輩を見る。
「よく言うじゃないですか。『人を優しいと思える人こそが、本当に優しい人なんだ』って」
「なるほど。だけどその理論でいくと、僕を『優しい』と言った君も、結局は【優しい人】なんじゃないかな?」
「そういう屁理屈は要りません。あと、書類を返してください。それは俺の仕事ですよ、この泥棒」
「ふふっ。嫌だよっ」
手を伸ばすが、先輩は俺に書類を渡さない。それどころか先輩は、俺の手を握ろうとしてきた。
「そうだ! せっかくなら今、僕と寝てみない? そっち方面で僕が優しいかどうか、確認してみるべきだよ。それに今だから、あえて言わせてもらおうかな。自慢じゃないけど僕、結構優しいよ?」
寸でのところで、俺は手を引く。
そのまま俺はある一点に向かい、すっと指を指した。
「先輩、出口はあちらですよ」
「そっちは窓だよ?」
当然だ。俺が指し示したのは人生の出口なのだから。
まったく、少し感心したらすぐにこれだ。この人は本当に、ろくでもない。ヤッパリ俺は、この先輩が苦手だ。
……だけど、まぁ、いいか。俺は先輩から視線を外し、パソコンに向き直った。
「──俺が優しいかどうかは分からないですけど、こういう俺を先輩が『優しい』って言うなら、俺は先輩にとっての【優しい奴】でいてあげますよ」
どうせ、俺は変われない。他人に深い関心を抱けないだろうし、誰かを深く愛することもできないのだ。
だったら、少し──いや、かなり癪ではあるが。
──先輩にとって【都合がいい】男でいてやってもいいか。
キーボードを叩き始めると、ふいに、隣から視線を感じた。目を向けると、なぜか先輩が驚いたように俺を見ていたのだ。
「なんですか?」
「なん、だろうね?」
はっ? なんだよ、いきなり。疑問で疑問で返すなよ。
先輩は自分の口元を手で押さえて、ポツリと呟いた。
「──今とても、冗談抜きのマジで、君にキスをしたくなった」
──ガタタッ! と。俺は騒々しい音を立てながら、先輩と距離を取る。
「マジで勘弁してください。ホンットに勘弁してください」
「さすがにそこまで全力な距離の取られ方をすると、少し傷付くなぁ」
「そう言いながら距離を詰めてくるんじゃねぇッ!」
椅子のキャスターを滑らせ、背もたれに体重をかけて、できうる限り全力で先輩から距離を取った。
しかし、先輩は妙に高揚している様子で。
「君にこうして拒絶されると安心するのに、もう少し迫りたくなる。なんだろう、この気持ち……? もしかして僕って、サディストの気があるのかな?」
「先輩はマゾ担当でしょうがッ!」
「そんな担当を担った覚えはないんだけど……」
「だからッ! 迫ってくるなッ!」
迫る先輩の椅子を、ガッと掴む。いくら若干見直したからって、これはさすがに勘弁してくれ! 俺は自分の貞操にまで関心を失ったつもりはないんだよッ!
自分の最低限度にさえ抵触されなければそれでいいが、これはバリッバリに触れている。ツンツンどころではなく、結構激しめなタッチで触れているのだ!
これはさすがに、受け止めきれない。なので俺は物理的に、先輩を横に流した。
「本当に油断も隙もない! 先輩のそういうところ、本気でどうかと思いますよ!」
先輩はよろめきながら、顔を上げる。
「──それでも、僕に優しい君でいてくれるんだよね?」
……あぁ、なんて男だ。信じられない。こんな時でも笑みを浮かべて、俺からの返事を決めつけているのだ。
俺は額に手を当てて、頭の痛みを吹き飛ばすように叫ぶ。
「あぁもうっ! そうですよ、俺は変わりませんよ! 先輩にとって優しい奴でいてやりますし、先輩から何度迫られたって引き千切ってやりますよ!」
「そこは『振り払う』じゃないかな?」
「うるさいなぁッ! 文句言うなら通報しますよッ!」
「極端すぎないかな!」
──嗚呼、神様仏様閻魔様。
──どうかこの世界を、優しさで包んでください。
……いっそ、先輩が圧死してしまうくらいの優しさで。
3章【先ずは優しさで包んでくれ】 了
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