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3章【先ずは優しさで包んでくれ】
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しおりを挟む定時になり、数分後。
同じ係の仕事をしている職員が数名、俺のデスクに近付いてきた。
「子日くん、ごめん。この分のデータ入力もお願いしていいかな?」
「子日さんすみません。私の方も……」
「子日、悪い! こっちも頼めるか?」
目的は、ひとつ。仕事の引き継ぎだ。
俺は手を止めてから顔を上げ、申し訳なさそうな顔をしている職員たちに手を伸ばした。
「はい、いいですよ。資料をください。受け取ります」
手渡される書類の束と、職員の笑顔。
……まぁ、これは正直なところ、想定通りなんだよなぁ。
金曜日だし、みんなは早く帰りたいだろう。それに比べて俺は早く帰りたい理由もないし、そもそも予定がない。
尚且つこうした事務作業がまったくもって苦ではないのだから、承諾快諾大団円だ。残業代も出るからな。
「ありがとう、子日くん! 今度缶コーヒーを奢るね!」
「助かります、子日さんっ! 今度、美味しい紅茶を差し入れします!」
「悪いな、子日! 今度エナジードリンクを買ってやる!」
近い未来、俺の腹がチャポチャポになるらしい。それは困った。
笑顔で頭を下げる職員に手を振り、俺は「お疲れ様です」と言う。
すると、隣のデスクに座る先輩がなぜだか大層驚いていた。
「いいの? 他の人、先に帰しちゃって」
思えば、先輩が異動してきて約二ヶ月。よく考えると、先輩は【この光景】を見るのは初めてだったか。
「予定があるなら仕方ないじゃないですか。それに、一人でできない作業でもないですし」
目を丸くしている先輩に対し、俺はサラリと答えた。
他の職員から受け取った資料を、トントンとデスクの上でまとめる。……ふむ。思っていたより量が多いな。まぁ、仕方ないか。
しかし、こうした【仕事を頼まれる】という行為にも、俺は慣れていた。いつもではないが、こうしたことが稀に起こるのだ。
……ちなみに、俺がこうして職員から仕事を頼まれるようになった発端は案の定、幸三だ。
事務作業が得意ではなく、尚且つ集中力もお粗末な幸三の仕事に協力していると、いつの間にかこうなっていた。変な習慣だけ残していきやがって。
職員は次々と帰宅し、事務所にはあっという間に俺と先輩の二人だけ。俺は受け取った資料をまとめた後、先輩を振り返った。
「良ければ、先輩の分もやっておきましょうか? 金曜日ですし、先輩もお疲れでしょう?」
そう言い、俺は先輩に手を伸ばす。俺の手のひらを見て、先輩は目を丸くする。
それから先輩は、なぜか珍しく眉を寄せた。
「それは君だって同じだよ。皆、平等だ。なのに君は他の職員や、ひいては僕の仕事も肩代わりするの?」
「えぇ。俺は早く帰りたいとジタバタするほどでもないですし、この作業は嫌いじゃないですから。それに、俺は【肩代わり】だなんてマイナスなイメージを抱いていませんよ」
手を下ろし、俺は小首を傾げる。
「先輩の目に俺がどう映っているのかは分かりませんが、言うほど疲れていませんよ、俺。……もしかして、やつれて見えますか?」
「ううん。今日も変わらず可愛くて、堪らなく抱きたくなるよ」
「書類を置いて帰りやがってくださいませんかね」
勘弁してくれ。俺は書類を片付けるので手一杯なのだ。粗大ごみの処分をしている暇はないのだぞ。
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