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3章【先ずは優しさで包んでくれ】
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しおりを挟む上機嫌そうに隣を歩く先輩を見て、俺は訊ねた。
「いつも先輩は、いろんな人を口説いていますよね? だったら、俺じゃない人と食事をしたらいいじゃないですか」
先輩の眩しい笑顔から、俺は目を背ける。
「先輩から誘われて、今の俺と同じくらい喜んでくれない人なんて、きっとうちの会社にはいないですよ」
すると、間髪容れずに返事が向けられた。
「──だけど、ここにいる。……でしょっ?」
俺は思わず、先輩に目を向けてしまう。すると先輩は相変わらず、眩しい笑顔を俺に向けていた。
「だから僕は、君がいい。君以外を誘うつもりはないよ」
ニコッと、駄目押しに笑顔。
……この人はなんて、迷惑な人なのだろう。
誰かからの【好き】が怖いのなら、そんな【誰か】とは深く関わらなければいい。それなのにこの人は、あえて【自分に好意を持たない相手】と一緒にいたがる。
それが、残念ながら先輩にとっては俺だけで。俺からすると酷く迷惑な思考だが、いつだって俺は最終的には拒み切れない。
それは俺が、なんとなくだけれど知ってしまったからだ。
「変な人ですよね、先輩って」
──先輩が、酷く悲しい人なのだと。
悲しくて、弱い。先輩はきっと、そういう人だ。
可哀想だと分かっている相手に冷淡な態度を徹するほど、俺は鬼畜ではない。俺にだって、関心はなくても人の心くらいはあるからな。
先輩から視線を外して、俺は前を向いた。
「さっきの言葉は撤回します。こんな変人と一緒に食事をしてくれる奴なんて、きっとどこにもいないですよ」
「それも、不思議とここにいるんだよね」
そっと、隣を歩く先輩に目を向けた。……ヤッパリ、ニコニコしている。俺が冷たくした場合、幸三ならギャン泣きするというのに。
どうしてこの人は、たれ目を嬉しそうに細めて笑っているのだろう。
「君は優しいね」
そう言う先輩の笑顔を見ていると、妙に落ち着かない。
……たぶん先輩は、被虐性愛者。つまり、マゾというジャンルの人なのだろう。そう思っていないと、なんだかやっていられない。
「俺が嫌がるって分かっているのに、それでも誘ってくるんですもんね、先輩は。鬼畜生ですかね、早く成敗されたらいいですのに」
「あははっ、なにそれ? 仮に僕が悪い存在だとしても、君のことを抱くまで成仏する気はないかなぁ」
「じゃあ一生この辺りを彷徨っていてくださいさようなら」
「ちょっと、子日君? 一緒にお昼ご飯を食べるって約束したでしょ?」
……だって、理解できるはずないじゃないか。
俺の隣に立とうとしてきた相手はいつも、俺に【関心】を押し付けてきた。
中身を開けるよう渡された【関心】という、奇妙な箱。俺はそれを持てず、相手に返すこともできなかった。中身を見たところで理解もできないと、顔や口に出してきたのだ。
だからこそ空いている、俺の隣というスペース。俺なんかの隣というポジションを、ここまで嬉しそうにする人のことなんて……。
「まぁ、そんな素っ気ないところも最高にそそられるけどね。食堂に行くのはやめて、二人きりになれるところにでも行こうか? まずは必要なものを買いに行かない?」
「そうですね、名案です。それじゃあ先ず、防犯ブザーを買いに行ってもいいですか?」
「僕と子日君の【必要なもの】が一致していないことは分かったよ。……じゃあ、気を取り直して食堂に行こうかっ」
……理解できるはず、ないじゃないか。
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