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3章【先ずは優しさで包んでくれ】
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しおりを挟むセクハラ発言を受けた──……もとい、口説かれた女性職員は頬を赤らめている。
「えっ? えっと、その……っ」
返答に困ってはいるが、先輩相手には困っていない。
そうなると、先輩の返答はひとつだけ。
「──なんてね、冗談だよっ。これでおあいこってことで、ねっ」
いつだって、先輩はこうなのだ。見境なく、誰彼構わずセクハラをし、口説く。
そのくせ、相手からの【好き】が怖いから、満更でもない反応をされるとすぐに引くのだ。
いったいその行為になんの意味があるのか分からないが、先輩はそういう人種なのだろう。
先輩は企画課の女性職員から差し替えの資料を受け取ると、ただハートを盗むだけ盗んで、すぐに俺へ向き直った。
「差し替えの資料が届い──って、どうしたの、子日君? なんだか怖い顔をしているね?」
そう言う先輩に、俺はなんの返事もしない。
俺はパソコンに向き直ってから、午前中に入力途中だったデータが入っているファイルを開く。
「もしかして、ヤキモチ? もしそうなら、勃っちゃうくらい可愛いんだけどなぁ?」
この、骨の髄からキシキシと怒りが込み上げてくるウザさ。……もしかして、先輩は本当にあの日のことを忘れたのか?
確かに俺は、先輩に『起きたら、俺たちは全部忘れているんです』と言ったが、本当の本当にリセットした?
きっと今、先輩はニヤニヤしながら俺を見ていることだろう。それは、わざわざ先輩の顔を見なくても声で分かる。もうこのやり取りは数回やったからな。
「仕事モードになっちゃったかぁ」
そう言ってから、先輩の方から資料をめくるような音が聞こえた。先輩も、仕事に戻ったのだろう。
……この、二週間。先輩のことを考えたり、先輩のことを観察するように見ていたりしたが……分かったのは、たったひとつ。
それは、さっきも言ったがなにをしたいのかよく分からない。……ということだけ。
好きになってほしくはないけれど、口説く。その行為の意味が、俺には全く分からない。
なにか理由を考えるとしたら、俺と同じように先輩を好きにならない相手を……つまり、先輩にとって【安心できる相手】を増やしたい、とかか?
もしもそれが理由なのだとしたら、きっと先輩は初対面の相手にテストをしているのだろう。
そんな私的すぎる理由でセクハラパレードに強制参加させられる人の気持ちを、先輩は少しだけでもいいから考えてほしい。切実に。
ここでようやく話を戻すが、どうして俺が先輩に対して腹を立てているか、分かってもらえただろうか。
先輩の言動が、意味不明すぎて腹立たしいのだ。
先輩が抱く【恋愛観】というものは、なんとか理解した。
──【好き】は、怖い。
──【無関心】は、寂しい。
──【嫌い】が、心地いい。
だったら、人に嫌われるような言動をしたらいいだろう。
それとも先輩は、セクハラ発言をすることで嫌われたいのか? だったらもっとマシな嫌われ方をしろ、この馬鹿者め。……と、俺は言いたい。イタズラに女性職員の心を惑わすのは、感心しない。
それと、先輩の恋愛観はどうだっていいが、それに俺を巻き込まないでほしい。
俺は、先輩のことを好きにならない。だけどきっと、先輩が求めるほど俺は、先輩のことを嫌いにもなれないだろう。俺は、そんなに【優しい奴】じゃないのだから。
先輩のことは苦手だが、それだけ。腹を立てたりはするが、どうしたって俺の感情は【嫌い】と【無関心】の中間だ。
もしも仮に、先輩が俺にセクハラをしなくなったとしたら。きっと俺はすぐに、先輩に抱いているこの薄く小さな関心を失うだろう。
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