先ずは好きだと言ってくれ

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

文字の大きさ
上 下
28 / 251
3章【先ずは優しさで包んでくれ】

1

しおりを挟む



 それから約、二週間が経とうとしていた。

 あの日──先輩が俺の部屋に泊まった、その翌日。俺と先輩は特に会話をすることもなく、問題も起こさずに解散した。
 なにを言えばいいのか俺には分からなかったし、先輩だってなにも言ってこなかったのだ。

 だから、俺たちの関係はアレで終わり。時々仕事の話をするだけの、ただ隣同士に座る仕事仲間。これにて、妙に盛り上がり始めていたボーイズとかラブとかと言った展開は見事に回避したのだ。

 ……そうなってくれる、はずだった。


「子日君、お昼休みから戻ってきたんだね」


 今は、昼休み明け。自分のデスクに戻ってきた俺に、先輩は声をかけてきた。
 ……そう。あまりにも普通に、先輩は話しかけてくる。


「はい。ただいま戻りました」


 必要最低限の返事だけをして、俺は自分の席に座った。そんな俺を見て、先輩が笑う。
 ……そう。笑ったのだ。


「──どうせなら、僕と一緒にお昼寝してくれても良かったのになぁ……っ。体の内側から、僕の熱で温めるサービス付きだよ?」


 普通に話しかけてくるだけならまだしも、先輩は……先輩はッ!

 ──チクショウッ! なにも変わっちゃいないんだよッ!

 確かに、周りの人からしたら俺と先輩のこのやり取りがなくなったら『ヤッたのか?』とか『なにかあったのか?』と勘繰るだろうということは、容易に想像できる。それほどまでに俺たちのこんなやり取りは恒例化してしまったのだ。……悲しいことにな!

 だけど、だからって……ッ!

 ──あんなことがあって、俺はどんな気持ちでこの言葉を聞けばいいのでしょうかねぇッ!

 先輩は、俺を好きじゃない。でも俺が先輩を好きじゃないから、先輩は俺を抱きたいらしい。
 だけどそれは決して恋愛感情に発展することのない行為で、先輩からしたら『安心できる相手を抱きたい』だけ。

 これでも俺は、あれから毎日毎日……先輩のことを、先輩の言動に対しての対処法を考えていた。
 だがどんなに考えても、なにも思い付かなかったのだ。それが、平凡な人間の発想力の限界なのだろうな、と。そう、ただただズンと悲しくなるほどだ。

 どうしてセクハラ行為について熟考した結果、人としての在り方を考えさせられるのか。誰か、この思考に有意義な結果をくれ。

 先輩が抱く俺への気持ちは、よく分かった。先輩からの発言はまったくもって、好意じゃない。
 そして、先輩は俺を含めて誰も好きにならないらしい。そんなことは、分かっている。

 ……ん? ならばなぜ、俺がこんなにも腹を立てているかって?
 言っておくが、好きにならないとハッキリ言われて拗ねている。……なんて甘い展開を期待しているのならば、早々に諦めてくれ。

 ──なぜなら、俺が腹を立てている理由は【先輩の言動】にあるのだから。

 すると、笑顔だった先輩のもとに一人の女性が近付いてきた。


「すみません。牛丸さん、ですよね?」
「そうだけど、君は?」
「企画課の者です。先ほど内線で指摘のあった通り、私の作った資料に間違いがありまして──」
「そっかぁ! じゃあ、お詫びに僕に抱かれない?」
「……えっ?」


 ……見たか? この、流れるようにアウトラインを嬉々として踏みつけまくっている、堂々としたセクハラを。

 ──見境が! なさすぎるだろう!

 先輩は初対面の職員全員を口説くらしく、それは男だろうが女だろうが例外じゃない。俺は先輩の気持ちを知ってからずっと先輩の口説きテクを見てきたが、本当に見境なしなのだ。

 それはこういった若い女性職員だけではなく、ひいては食堂に入った新人のおばちゃんにまで。
 俺や幸三のように若い男性後輩職員だけではなく、清掃のアルバイトをしているおじいちゃんにまで、先輩の魔の手は伸びるのだ。

 先輩の舌を切り落とすのと、男の象徴を切り落とすの。果たして、どちらの方が優先度的に高いのだろうか。

 誰か、俺にこっそり教えてくれ。答えが【両方】なのだとしたら、いっそのこと俺の通り名が【ネノビ・ザ・リッパー】になっても構わない!




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい

中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます

愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。 しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

処理中です...