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2章【先ずは貞操を守らせてくれ】
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しおりを挟む俺はわざとらしく手をポンと叩き、声を張った。
「とりあえずっ! ……その、寝ましょうか。寝て、一切合切全部を忘れましょうよ!」
「今この状況で?」
「一緒に寝るわけないじゃないですか!」
俺は怒鳴った後、寝室の方を指で指す。
「先輩は寝室で寝てください。俺はここで寝ますから」
「いや、僕は帰──」
「終電なんて疾うに過ぎていますから、その問答は時間の無駄です。いいから、サッサと寝室に行ってください」
俺は先輩の腕を蹴った。
それによって、この部屋に泊まるという気持ちにはなったのだろうか。先輩が俺に向き直り、口を開く。
「それでも、寝室は子日君が使う方がいいよ。僕がここで寝るから」
「先輩が終電を逃したのは俺が呼んだからです。そして、先輩は俺にとって客人なんですから、素直にベッドを使ってください」
「ベッドを、使う……?」
「ベッドを変なことには使わないでください!」
よし、よし。徐々にだが、いつもの調子が取り戻せてきたぞ。
俺はいつもと同じく、少し不愉快そうな顔で先輩を見る。そんな俺を見て、先輩は呆気に取られているようだ。
「……さっき、君は僕にレイプされかけたんだよ?」
「それくらい分かっていますけど」
「なのに、なんでそんなに……親切に、してくれるの?」
そんなの、俺が訊きたい。
今俺の目の前にいる人は、俺を無理矢理抱こうとしてきた恐ろしい男だ。そんなの誰か──ましてや本人に言われなくたって、分かっている。
だけど、終電を逃した人を無情にも追い出すなんて、俺にはできない。
それに……。
「──先輩は、俺の後輩だから。……だから、先輩として。先輩の先輩として、俺はあなたの面倒を見ているだけです」
そう、そうだ。なんてことない、シンプルな理由でいい。
残念ながらこんな先輩でも、業務的には俺の後輩にあたるポジションなんだよ。後輩が間違えたのなら、先輩として修正してあげればいい。
……【先輩】という立ち位置の人間がプライベートまでサポートするのは過干渉な気もするが、そういうツッコミを今はしないでくれ。
俺の答えに、先輩は目を丸くした。
「子日君……っ」
「いいから、早く寝室に行ってください。その扉の向こう側が寝室ですから」
先輩が俺の指の先──寝室を振り返る。先輩の視線が外されている間に、俺は畳みかけるように言葉を連ねた。
「それで起きたら、俺たちは全部忘れているんです」
「ねの──」
「──返事は迅速にするッ!」
なにかを言いたげな先輩に対して、間髪容れずに怒鳴りつける。
酒による過ちだなんだと言ってなかったことにしようとは思うが、正直今だって先輩が怖い。気持ちの整理ができていない今、先輩と長く話していたら自分がどうなってしまうか。……それが、分からないのだ。
そんな心情を察してくれたのか、先輩は俺を振り返らずに立ち上がる。
「……ごめんね、子日君。どうやら僕は、随分と酔っているみたいだ」
そう言ってから、先輩が寝室に向かった。そんな背中に向かって、普段と変わらない悪態を吐く。
「俺のベッドで寝ゲロしたら、絶対に許しませんから」
「善処するよ」
先輩は小さく笑った後、寝室に向かい、扉を閉める。
先輩の姿が見えなくなったのを確認して、全身に張り詰めていた緊張がやっと抜けた。俺は壁に体重を預けて、ズルズルと床に滑り落ちる。
……あぁ、怖かった。本当に、怖かったのだ。
「脱処女しなくて、本当に良かったぁ~……ッ!」
この行為が正しい始末なのかは、正直言って分からない。
──嗚呼、神様仏様。
──どうかこの平凡な俺の貞操を、お守りください。
……割とガチで。
2章【先ずは貞操を守らせてくれ】 了
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