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2章【先ずは貞操を守らせてくれ】
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しおりを挟む午後、八時。
歓送迎会の、会場。それは会社の近くにある店だ。
そこで俺は、ぼんやりと物思いに耽っていた。
先輩との、初対面。あの爆弾発言の後──俺がまだ、先輩の妄言を『緊張を解こうとしてくれていた』と思えた頃。
幸三が、引き継ぎとして先輩相手に仕事を教えている時のことだ。
『あっ。オレ、ちょっとトイレに行ってきまーすっ』
そう言って、幸三がデスクを離れた。
いきなりわけの分からないことを言ってきた先輩を若干警戒していたのと、もうひとつ。噂に聞いていた凄腕の営業マン──【営業部の時期部長】とまで言われている人が、俺の隣に座っていること。
そのふたつに緊張していた俺を見て、先輩は話しかけてきたのだ。
『もしかして、なんだか緊張しているのかな?』
それは当然、するだろう。先輩が最初に意味不明なことを言ってこなかったとしても、そもそも平凡な俺とはキャリアが違うのだから。
必要最低限の仕事しかできていない俺と、想像以上の業績を出している先輩だ。……緊張しないわけが、ない。
俺が素直に頷くと、先輩は快活に笑った。
『あははっ。確かに年齢も、勤続年数だって僕の方が上だものね。だけど、この商品係では君の方が先輩だよ』
人を引き付けるような笑顔で、先輩は語る。先輩を遠目から見ていた女性職員が目をハートにしていることに、本人は気付かずに。
たった一人俺だけを見て、先輩は俺の緊張を解こうとしてくれているのだ。……その笑顔を見ても、俺は『ヤッパリ、俺とは別種の人間なんだな』としか思えなかったけれど。
『だから、もう少しフラットに接してほしい。……と、僕は思いますっ』
あえて敬語を使って、先輩は少しだけ茶化して、そう話す。茶目っ気を含めたその発言は、どう見ても俺を想ってのやり方だった。
親切で、分かり易く優しい。不覚にも、俺は……。
『……はい』
──その笑顔に、どれだけ安心したか。
きっと先輩は、知らないだろう。『幸三の後任がこの人で、良かったのかもしれない』と。俺がそう思ったなんて、知らないのだ。
……えっ? 『もしも今、同じことを言われても安心するか』って? 『同じ気持ちで、感謝ができるのか』だと?
……ふっ。そんなもの、愚問だな。
「──あれっ、子日君」
本日。何人もいる主役の中の一人である先輩が、俺に近寄ってくる。
手には、空になったビールジョッキ。先輩の顔が若干赤いのを見ると『おそらく、随分と飲まされたのだろうな』ということは、容易に推測できる。
しかし、足取りはしっかりしていた。その点を見ると、先輩はお酒に強いのかもしれない。
近寄ってきた先輩に、俺は思わずしかめっ面を向けた。
「なんですか」
ぼんやりと考えごとをしていた俺のそばに、先輩は腰を下ろす。
「どう? 飲んでいるかな?」
「いえ。得意ではないので」
「そうなんだ? お酒に弱い子日君も可愛いね」
「ははは、笑えない。俺は下戸なんですよ」
俺はそう言い、自分のジョッキに入っているウーロン茶を先輩に見せた。
「オレは飲んでまーす!」
元気よくビールジョッキを掲げているのは、俺の隣に座っていた幸三だ。
物思いには耽っていたが、酔っ払いである幸三の相手はしていたさ。……まぁ【話半分で】という注釈は付くが。
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