14 / 251
1章【先ずは先輩を消してくれ】
12
しおりを挟む先輩は接客だけじゃなく事務仕事もできるということが、あの一週間で証明された。
商品係の仕事をし続けて、三年間。そして四年目に突入した俺を、先輩は一年もしないで追い越しそうな勢いだ。そのくらい、仕事の手際がいい。
……そんなの、面白くなくて当然じゃないか。
「先輩は凄いですよね。俺なんかよりも断然手際が良くて。尊敬しますよ」
思わず俺はまた、先輩に対して嫌味っぽく返事をしてしまうくらいに。
しかし先輩にとって、俺の嫌味はどこ吹く風だ。
「子日君に褒めてもらえるなんて、感激だなぁ。どうせなら仕事じゃないことも手際がいいってところを、君にねっとりと教え込みたいのだけれど?」
──どこがとは言わないが、局地的に爆発してくれ。
この一ヶ月で知ったが、先輩は驚くほどにポジティブだ。頭はいいはずなのだが、もしかしたら自分に対しては馬鹿なのかもしれない。
……仕方ないから、もう無視をしよう。結局、話していてもストレスが募る一方だ。
気持ちを切り替えた俺は、全神経を資料に注ぐ。
すると、さっきまでふざけていた先輩が困ったような声を出した。
「しまった……っ。パソコンのパスワードを書いていた紙、竹虎君はどこにしまっていたっけ?」
「はぁっ?」
「えっと、ここだったかな……?」
幸三はデスクマットの下に、パスワードをメモした紙をしまっていたはず。なのに先輩は、引き出しの中を探している。
俺は一旦、資料をデスクの上に置く。そのまま椅子のキャスターを滑らせて、先輩のデスクに近寄った。
「大事な物なんですから、保管場所を忘れないでくださいよ。幸三はここ──」
「──引っ掛かったねっ」
「──うわあぁッ!」
デスクマットをめくろうとした手を、先輩が即座に握ってくる。
咄嗟に飛び出た俺の悲鳴に、近くを歩いていた職員が笑った。
「あははっ! あんまり朝から見せ付けないでくださいよね~っ?」
「羨ましいなぁ~っ」
「いくらでも代わってあげますから、その反応やめてくださいっ!」
それでも、誰も俺を助けようとしない。ただただ『微笑ましい』と言いたげに笑いながら、職員たちは自分のデスクに戻っていく。
その間に、先輩は俺の手を両手で握る。
「ひっ!」
反射的に、短い悲鳴が出てきてしまった。
すると、先輩は悲し気に眉尻を下げる。
「さすがの僕も、そこまで嫌そうな顔をされると落ち込むよ?」
「じゃあ離してくださいッ!」
「しまった。筋肉が、動かない」
「ゴリゴリに力を入れているじゃないですかッ!」
引いても引いても、俺の手は先輩の両手から抜けられない。
いったいどうして、こんなことになってしまったのだろう。これはまさか、俺があまりにも素っ気なく対応するから、その腹いせ? ……にしてはタチが悪すぎるだろうがッ!
──と言うかそもそも、先輩がこんなことを繰り返すから俺の態度が硬化しているのだとなぜ気付かないッ!
いっそ、蹴り飛ばしてしまおうか。そんな最終奥義を頭の中でチラつかせながらも、俺は先輩から全力で手を引き続けた。
そんな攻防を続けていると、先輩が満面の笑みを浮かべて、俺を見る。
「ねぇ、子日君。今日は僕や、他に商品係へ異動してきた人たちの歓迎会をしてくれるんだって。知っていた?」
『歓迎会』だって? ……そう言えば、事務所の人たちがそんなことを言っていた気もする。
四月のうちに済ませれば良かったのだが、異動があったばかりで余裕がなく、送別会もできていない現状。しかし今なら、異動してきた人たちはやっと仕事の手順を覚えて落ち着いてきた頃合い。
そしてなによりも、今日は金曜日。つまるところ、絶好の飲み会日和というわけだ。
10
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる